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野村氏、悔やんだ暗黒の3年間「阪神に行ったのは失敗」も…忘れなかったファンへの思い

2/11(火) 21:33配信

デイリースポーツ

 プロ野球の南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏が11日、午前3時30分に死去した。84歳。死因は「虚血性心不全」だった。

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 17年9月18日付けで掲載された本紙インタビュー記事の写真には阪神の帽子、メガホンを手にポーズを作るノムさんの姿がある。ただ、45分間のインタビューは「阪神に行ったのは大失敗だった」と始まり、そのほとんどがぼやきで埋め尽くされた。

 阪神監督では3年連続最下位。後に星野仙一監督によって成し遂げられた03年のリーグ制覇は、ノムさんが基盤を築いたおかげとする声もある。ノムさんは「星野もそんなこと言っとったけどな」と言うものの、記憶に刻まれていたのは暗黒の3年間だった。

 ただ、「ファンあってのプロ野球」が口癖。サービス精神が上回り、インタビュー終盤はこちらが期待する阪神への「提言」を語ってくれた。当時から不調に陥っていた藤浪には「投手は地球が自分中心で回っていると思うくらいでいい。先輩にもおるやろ、江夏というのが」。実力を評価する梅野に向けては「記憶、推理、判断。相手打者と、受ける投手の能力。捕手はこの関係を理解し、相手を攻略していかないと」と、捕手としての重要な要素も説いた。

 「人気のセ」に押され、自らを「月見草」と表現した現役時代。だからこそファンの声援のありがたみが分かっていたのだろう。

 この日、訃報を受けて対応した阪神OB会長の川藤氏は「募金の時にはOB室におられて、『おれも監督やってたから出す』と2万円もらった」と、裏話も明かしたという。どんなに阪神の3年間を悔やんでも、ファンへの感謝は忘れていなかった。

 当時、阪神ファンへのメッセージを求めると、満面の笑みで「3年間お世話になりました。陰ながら応援しています」と語っていたノムさん。この日は多くの戦友、教え子たちが追悼したが、ファンも含めて、野球界が大きな喪失感に包まれている。(デイリースポーツ・佐藤啓)

最終更新:2/12(水) 7:48
デイリースポーツ

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