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楽天・石井GM 恩師・野村克也さん急逝に「野球で生きて行く財産をいただいた」

2/11(火) 22:48配信

デイリースポーツ

 プロ野球の南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた野村克也氏が11日、84歳で死去し、ヤクルト時代の教え子である楽天の石井一久GMが同日、テレビ朝日系「報道ステーション」に生出演して恩師をしのんだ。

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 野村さんは1990年にヤクルトの監督に就任し、石井氏は91年秋のドラフト会議で1位指名されてヤクルトに入団。野村さん率いるヤクルトの黄金時代を主戦投手として支えた。

 石井氏は、野村さんが即戦力ではなく高卒新人の自身を1位指名したことについて「自分の成績だけじゃなくヤクルトの将来に関わるというとこで、高校生でも素材のあるピッチャーを取っていこうというふうに決断してくれたから僕はヤクルトに入団した」と、その長期的な視野に立ったチーム作りを証言。

 92年の日本シリーズでシーズン未勝利ながら先発を任せられたことについても「後から考えたら、野村監督はその時優勝したいけど、後にチームが強くなるための経験というのを僕に積ませてくれたんじゃないかな」と振り返った。

 石井氏は「ホントに心が温かい方で、新人王を取るのに、その年30イニング以上投げたら次の年新人王を取れないっていうことになるんですよ。そこを28イニングでしっかり止めて、来シーズン(93年)石井に新人王を取らせようと思ってくれた」と、野村さんの気遣いも説明。ちなみに93年の新人王は同僚の伊藤智仁投手だった。

 大リーグから日本球界に復帰した際、野村夫妻から楽天入りをオファーされたもののヤクルトに戻った石井氏だが、現在はかつて野村さんが監督を務めた楽天のGM職。野村さんの息子の克則氏もコーチで在籍している。野村さんは克則氏と同い年の石井氏を「特に父親のようにかわいがって」おり、「野村監督のために今シーズンは本当に頑張らないといけない」と述べた。

 石井氏は印象に残っている言葉として「3ついいボールを持て。1つ持てるピッチャーはいいピッチャーだ。2つ持てるピッチャーは超一流だ。3ついいボールを持っているピッチャーはスーパースターになれる」を挙げ、「まあまあ超一流まではいけたんですけど、スーパースターにはなれなかったですね」と謙遜。

 他にも「夏場の神宮ってすごい蚊がいるんですよ。そこに1時間くらい立たされて、蚊に食われながらずーっと話を聞いていた」といったエピソードや、ノーヒットノーランを達成した試合で「マウンド降りたい」と言って、野村さんが「ベンチでずっこけた」エピソードなど、野村さんとのほほ笑ましい思い出を語った。

 石井氏は「まわりにしっかりと気を遣う人間になれ。気を遣われるような人間にはなるな」という教えを実践していることも明かし、「野球で生きて行く財産をいただいたので、この財産をしっかりとね、結果に結びつけるシーズンにしたい」と誓っていた。

最終更新:2/11(火) 23:03
デイリースポーツ

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