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「ふるさとが奪われるのは絶対に嫌です」ダムの底に沈む故郷を想う女子高校生

2/11(火) 10:03配信

AbemaTIMES

 「思い出がたくさん詰まった川原の自然や風景が私は大好きです。故郷・川原が奪われるのは絶対に嫌です」。家族との何気ない日常やふるさとを愛する気持ちは水の底に沈んでしまうのか。ダムの里に生まれた女子高校生を追った。

【映像】松本晏奈さんの密着映像

■推進派と反対派に割れる故郷

 長崎県川棚町の川原(こうばる)地区。集落を流れる石木川は清流として知られ、夏はホタルが飛び交う自然豊かな里山だが、半世紀にわたり人々が闘い続けてきた「石木ダム」の建設予定地でもある。

 ダム建設を国が認可したのは1975年のこと。目的は隣の佐世保市の水不足解消、そして下流の洪水対策だ。近年、日本列島を襲う大規模災害によって、ダムの役割に改めて注目が集まっている。長崎県も石木ダム建設の理由に、100年に一度の大雨による洪水を防ぐことを挙げている。

 これまでに8割の地権者が事業に協力し、別の場所に移り住んだが、残り2割はダムでは洪水は防げない、佐世保市は人口が減っていて水は足りているとして反発。現在もダムは完成には至ってない。県は昨年秋、全ての土地を強制収用したが、今なお13世帯・およそ50人の暮らしが続いている。

 「川原って落ち着くんですよね。自然が。帰ってきたなーって感じで」。ここに暮らす4世代・8人の松本家。長女・晏奈さん(はるな、17)は高校で陸上に励み、駅伝大会に向け練習の真っただ中。物静かで優しい祖父、とても明るい祖母、家の横で鉄工所を営んでいる父、いつも笑っている母。弟の昂大君は今春、競輪選手を目指し、家を出る予定だ。そして曾祖母のマツさんは92歳の今も集落の入り口に建てた小屋でダム工事の見張りを続けている。「住んどっても叩き壊すとでしょうかね。(パワーショベルで)で叩き殺すとやろか」。

 石木ダムに用地を提供した元地権者の一人、田村久二さん(83)は、20年前に県が用意した宅地に移り住んだ。新しい家はふるさとの山から切り出した木で建てた。最初はダムに反対していたが、町の活性化につながればとの思いから、県に協力することを決断。移り住んだ後は推進派のリーダーも務めた。「移り住んでよかったと思わんばでしょうね、よかったという感じはありますよ」「(反対派にも)早く同じ気持ちになってくれればいいと思うんですけどなかなかそうはいきませんたい」。今でも毎日、シニアカーでおよそ20分かけて山を登り、ふるさとに木を植え続けている。「自分の故郷ですから、いつでも気楽に来られます」

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最終更新:2/11(火) 10:03
AbemaTIMES

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