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退職するなら、2000万円払ってね(IT訴訟解説)

2/12(水) 7:00配信

@IT

 本連載は、システム開発を巡るユーザーとベンダーの紛争や契約、あるいは著作権を争う裁判を取り上げることが多く、IT業界の労働問題を扱うことは少なった。連載を始めたときの私のテーマは、「いかにして快適なプロジェクトで品質の良いシステム開発を実現するか」であり、エンジニアたちに降りかかる危険についてはあまり顧みることがなかったのだ。

「2000万円払え」「嫌です」(写真はイメージです)

 しかし、ある裁判の記録に触れて、「こんなヒドいことがIT企業と労働者の間に起きているのならば、注意喚起せねばならない」との使命感にかられた。

 IT訴訟事例を例に取り、システム開発にまつわるトラブルの予防と対策法を解説する本連載。今回は、システム開発企業が退職した社員に損害賠償を求めた事件を取り上げる。

無能だった代償に、2000万円払いなさい

 事件の概要を見ていただこう。

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京都地方裁判所 平成23年10月31日判決から

あるシステム開発会社が、顧客からパッケージソフトのカスタマイズを請け負い、チームリーダーとして社員Aをアサインした。しかし、その開発については顧客からの評価が低く、クレームが続く状態であった。そのことも影響してこの顧客から継続的に上げていた売り上げが減少し、社員Aは社内で強く叱責(しっせき)されていた。

その後社員Aは退職したが、これに対しシステム開発会社は、Aが適切な業務遂行を怠ったことにより、損害を被ったとして、約2000万円の賠償を求める訴訟を提起した。
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 私は、どこか重要な部分を読み飛ばしているのだろうか――?

 常識的に考えて不法行為でもない限り、企業が業務上負った損失を損害として社員に求めることなどないはずだ。作業品質が悪かったり、社員の技術知識レベルが不足していたりしたためにプロジェクトが赤字を被ることなど、IT業界では日常茶飯事だ。システム開発企業であれば、最初からプロジェクト失敗による赤字はある程度織り込んだ上で経営するものではないのか。

 20年以上IT業界に籍を置く私も、自身のものも含めて会社に損失を与えたプロジェクトなどいくらでも知っているし、その損失を社員個人に補填(ほてん)するように求めたなどという話は聞いたことがない。

 社員の仕事での失敗の責任を負うのは、社員を雇用し、教育し、責任を与えた企業側のはずである。

 では裁判所は、どのように判断したのだろうか?

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京都地方裁判所 平成23年10月31日判決から(つづき)

労働者が労働契約上の義務違反によって使用者に損害を与えた場合、労働者は当然に債務不履行による損害賠償責任を負うものではない。すなわち、労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随、内在化するものであるし、業務命令内容は使用者が決定するものであり、その業務命令の履行に際し発生するであろうミスは、業務命令自体に内在するものとして使用者がリスクを負うべきものであると考えられることなどからすると、使用者は、(中略)加害行為の予防もしくは損害の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、労働者に対し損害の賠償をすることができると解される。

(中略)

受注が減ったという経過は前記認定のとおりであるが、社員Aにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと、システム開発会社が損害であると主張する売上減少、ノルマ未達などは、ある程度予想できるところであり、報償責任、危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると考えられること(中略)、システム開発会社が主張するような損害は、結局は取引関係にある企業同士で通常にあり得るトラブルなのであって、それを労働者に負担させることは相当ではなく、システム開発会社の損害賠償請求は認められないというべきである。
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 当然と言えば当然だが、裁判所はシステム開発会社の訴えを退けた。

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最終更新:2/17(月) 14:58
@IT

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