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発売40年、世界に5億個 ガンプラが愛される理由は 川口名人に聞いた

2/12(水) 12:05配信

西日本新聞

 機動戦士ガンダムの放映40周年だった昨年が終わると同時に、またガンダムイヤーがやってきた。

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 2020年7月、ガンダムシリーズのプラモデル「ガンプラ」は発売から40周年を迎える。1980年代初頭のブームの後も新商品を出し続け、昨年4月には累計出荷数が5億個を突破。韓国を中心にアジアでも人気となり、現在は年間販売額の5割を海外が占めるほどだ。

 狭い話になるが、筆者が福岡のガンダムバーで会った20~40代の多くが、ガンダムにのめりこんだきっかけを「ガンプラ」だと挙げていた。人気の根強さは肌でも感じる。

 ガンプラが発売される前、ファーストガンダムの放映時に「ザク」を自作し、バンダイに入社した後はガンプラの企画や広報などに25年近く携わり続けているのが「川口名人」こと川口克己さん(現BANDAI SPIRITSホビー事業部シニアアドバイザー)だ。
 
 ファンとして、仕事として、両方の立場でガンプラを支え続ける「ガンプラの兄貴分」に、40年にわたり支持される理由や発展のターニングポイント、将来展望を聞いた。(三重野諭)

北九州で育ってプラモの道へ

 川口名人は福岡県北九州市の出身。小4で東京に引っ越すまで門司区で過ごした。小学校低学年でキャラクターものの商品に出合ったのをきっかけに、プラモデル好きに。その背景には、北九州で育ったことが影響しているという。

 川口名人:昭和30年代の門司は都会と違ってそれほど遊ぶものがなかったですから、自分で作ってなんとかするのが当たり前でした。新聞紙を使って紙粘土を自作したり、絵を描いたり、友達と山で秘密基地を作ったり。小学校に入る前ぐらいから、工夫して何かを作るのが好きだったんです。九州の門司に住んでたからこそかもしれませんね。

 -機動戦士ガンダムのアニメを最初に見たときは高校生のとき。その印象は。

 第1話でザクが並んで宇宙空間から飛んできたときに、それまで知っていた「ロボットもの」とは違うと感じました。器用にスペースコロニーに入っていったので、全長2、3メートルぐらいの、人間が着る「パワードスーツ」ものみたいなイメージでしたが、対比物が出てきたときに、すごくデカい。中から人が降りてくる。「こんな巨大ロボットもので、ガチな戦争ものをやるんだ」というのが最初の印象ですよね。

 ストーリーも面白くて、毎週土曜日は家でテレビを見る。高3と思えないような生活になりました。その時はガンプラはまだ発売前で、なければ自分で作ればいいじゃん、と昔のような感覚で作ったのが高さ5センチぐらいのザク。最初に自作したガンダム関係の立体物です。

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最終更新:2/12(水) 12:05
西日本新聞

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