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要介護5の母と海外へ 無職・独身・貯金ゼロでも、私が旅に挑んだ理由

2/12(水) 11:30配信

Reライフ.net

 脳出血で倒れ、最重度の要介護5となった母。ある日、いきなり介護を担うことになった旅好きの娘は、無職、独身、貯金ゼロ。介護不安が襲うなか周囲から無謀だと言われても、母のあこがれの地、オーストリア・ウィーンへの親子旅行を計画しました。母が子どもの頃に言っていた「おでかけは最高のリハビリ」だからと信じて。旅を実現するまでの日々をブログに書き、本にまとめた、たかはたゆきこさん(45)に、母の浩美さん(72)と奮闘した3年間や、それでも旅にこだわる理由を聞きました。

●「母が倒れた」 バンコクにかかってきた電話

 幼い頃、砂漠を舞台にした宝塚歌劇を見て「いつか砂漠に行こう」と思ったのが、旅を意識したきっかけでした。高校卒業後、早速エジプトへ。風景も料理も人との出会いも、すべてが新鮮で「広い世界をもっと見たい」とバックパッカーをしながら、これまでに50を超える国を訪れました。何が起こるかわからないのが旅の魅力、なのですが……。
 2013年2月、タイ・バンコクに到着したばかりの夜、日本にいる叔母から電話がかかってきました。母が倒れた、と。
バイオリン教師だった母は車の運転中に突然、脳出血を発症しました。意識は戻ったものの左半身がまひし、記憶障害や妄想の症状も出て、要介護5と認定されました。「もうバイオリンを弾けないかも」と涙を流す姿を見て、励まそうととっさにかけた言葉が「ウィーンへ行こう」でした。クラシック音楽の聖地、音楽家の母にとってあこがれの街です。

●楽しいおでかけは最高のリハビリ 介護の柱に

 母は昔、生まれつき脳性まひという重い障害のある私の一番下の妹を、遊園地や音楽会にどんどん連れて行きました。「楽しいおでかけは最高のリハビリだから」と言って。だから私も母を家で寝たきりにさせない、外に連れ出そう、と。そう介護の柱を決めたんです。
 海外旅行は、とびっきりのおでかけです。母の脳にも、きっといい刺激になるはずだと考えました。一方、当時の私は仕事を辞めて貯金はなく、独り身で介護に明け暮れる状況。将来の不安に押しつぶされそうになっていました。せめて大好きな旅に行く目標ぐらいは持ち続けていたかった。「ウィーンへ」は、私にとっても唯一の生きる希望となりました。
 もちろん要介護5の母が、海外に行くには相当の準備が必要です。心配する声、反対する声も耳に入ってきました。でも、旅をあきらめることは、生きるのをあきらめることに等しかった。資金づくりや情報収集、そして旅に向けたリハビリ。綿密な計画を立てて一つ一つ実行しようと決めました。
 「ウィーンへ」は、まさに魔法の言葉でした。もともとポジティブな母が懸命にリハビリに取り組むと、驚いたことに身体・認知機能が少しずつ回復。旅に向けて時間があればガイドブックを眺め、ドイツ語も覚えようと努力しました。旅先で長時間座れるように、手すりのないトイレを使えるように練習を重ねました。
 介護中心の生活をしていると夜中にふと、つらいなと感じる時もあって。かつて訪れた旅先の風景を思い出すと気が楽になりました。地球の裏側の盛大なお祭り、島をよちよち歩くペンギンの群れ……。今は介護という狭い世界で過ごしているけれど、私はリアルな広い世界を知っているんだ。そう思うことで救われたのかもしれません。

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最終更新:2/12(水) 17:39
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