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認知症の母の介護施設を探し14カ所を見学 小説家・篠田節子さんがたどり着いた「答え」

2/12(水) 12:50配信

Reライフ.net

在宅介護を続けて二十余年。ようやく認知症の母親が老人保健施設(老健)へ入居し、一息つけると思いきや、今度は自分が乳がんに……。一方で、老健は最期までいられるところではないため、ご多分に漏れず無情な退居勧告。しかし、「リサーチと行動あるのみ!」と受け入れてくれる地元施設を14カ所も見学。 それらの体験を著した『介護のうしろから「がん」が来た!』(集英社)を出版された直木賞作家の篠田節子さんにお話を伺いました。

―篠田さんとお母さまは、どのような関係でしたか。

篠田 私は1人っ子なんです。結婚して家を出ることも、母には予想外だったようです。『年金で食べさせてあげるから、小説家なんか辞めて帰ってこい』と言っていました(笑)。母は他人と関わることが嫌いで、介護保険のサービスを利用することも拒否しました。公民館にも行かないし、友達とワイワイ過ごすことを極端に嫌う人なので私との関係は大切だったのでしょう。

―そういうお母様が老健に入られました。

篠田 はい、私も絶対、無理と思ったのですが……。腸閉塞の疑いで入院したのをきっかけに、そのまま同じ敷地の老健に入りました。現役時代、看護師だった母にとって、老健は『病院』と雰囲気が近いので、馴染みやすい場だったようです。自分の職場だと思っているふしもありました。

―お母さまが老健に馴染んでくれたから、初期乳がんを発見されることができました。

篠田 母は老健に1年2カ月居ました。その期間があったから、時間ができて検査を受け、乳がんを発見、手術できました。認知症の介護は相当なストレスがかかります。介護を行う娘や息子ががんになり、被介護者より先に亡くなることも珍しくありません。抱え込んだ揚げ句の悲劇は数知れず。介護中の方は『この人のことは、私にしかわからない』などと思って孤立しないでほしい。

―でも、その老健から出ていくように言われて、14カ所もの施設を見学されました。

篠田 移れるところをと、地元の施設を見学しました。リストを順番につぶしていきました。たくさん見ると目も肥えていきます。就職活動や小説の新人賞応募もそうでした。ダメかどうか考えない、悩まない。手続きだけは進めていきます。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると(笑)。

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最終更新:2/12(水) 12:50
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