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倉庫からアートの街へと進化する、湾岸エリアのフロンティア - 天王洲アイル駅(東京モノレール・りんかい線)

2/13(木) 11:46配信

マイナビニュース

東京モノレールは、前回の東京五輪が開幕する1964年に開業した。当初の東京モノレールは途中駅が存在せず、いわば都心部と羽田空港とを結ぶ目的が色濃く出ていた路線だった。50年以上の歳月を経た現在も、東京モノレールの乗客は羽田空港の利用者が大半を占める。

【写真】3月29日まで運行される「東京モノレール ILLUMI GOLD号」

しかし、歳月とともに沿線開発は進み、東京モノレールには途中駅が多く開設されている。そのため、花田空港に向かうことが目的ではない乗客もいる。天王洲アイル駅は1992年に開業した。数ある東京モノレールの途中駅では、後発組にあたる。

天王洲アイル駅は品川駅から近いこともあって、ウォーターフロントの駅として発展が目覚ましい。天王洲アイル駅の盛況ぶりから、湾岸開発を牽引する存在としても注目されている。それまでの天王洲アイル駅一帯は、東京港に隣接する立地的な特性から倉庫が並ぶ工業地帯といった趣が漂っていた。天王洲一帯は江戸時代に埋め立てられた地のため、現在においても運河が周囲を取り囲むように流れている。その運河を挟んで品川駅側には、東京海洋大学がキャンパスを構える。

さらにモノレールの線路を挟んで東京海洋大学のキャンパスに隣接する港南緑水公園からは、JR東海の新幹線大井車両基地新への回送線も目にできる。この回送線は新幹線のお医者さんとも呼ばれる黄色い新幹線"ドクターイエロー"が通るので、ドクターイエローを見る目的で足を運ぶのもいいだろう。

こうした天王洲アイル周辺で目にできる風景は、倉庫街だった往時の雰囲気を微かに残している。工業地帯としての面影を微かに残す天王洲アイル駅だが、その一方で高層のオフィス・商業ビルも立ち並んでいる。駅周辺だけなら、倉庫が立ち並んでいた一昔前の天王洲アイルを想像することは難しい。

天王洲アイルが街並みを一変させたのは、バブル期の再開発事業によるところが大きい。駅に直結したオフィスビル・商業ビルが相次いで竣工。それによって、天王洲アイル駅の周辺は大きく変貌した。天王洲アイル駅の重要性・人気を盤石にしたのは、2001年に開業した東京臨海高速鉄道だ。駅が開設されたことで、駅に直結したオフィスビルが注目される。そして、来街者が気軽に足を向けられるようになった。

しかし、東京臨海高速鉄道のりんかい線が天王洲アイル駅を開業するまでは苦戦が続いた。そもそも東京臨海高速鉄道は1996年に新木場駅-東京テレポート駅間を部分開業させている。東京テレポート駅は副都心として開発が進められていた台場の中心にあり、天王洲アイルとはすぐ近くにある。

あと一歩のところまで線路が到達しながらも、天王洲アイル駅まで線路が届くのは5年の歳月を要した。今から振り返れば、この5年間は短かったと思えるだろう。しかし、天王洲アイルの再開発に携わっていた関係者にとって、長い長い5年間だった。

そして、2001年に待ちに待った天王洲アイル駅までが延伸開業。東京モノレールとりんかい線という2つの路線が交わる天王洲アイル駅は、高い交通利便性から一気にウォーターフロント開発のトップランナー役に躍り出ることになる。

天王洲アイル駅の利便性は、その後も向上の一途をたどる。りんかい線の天王洲アイル駅が開業した翌年には、りんかい線が大崎駅間まで延伸。埼京線との直通運転が始まり、山手線西側の渋谷駅・新宿駅・池袋駅とも直結。これが来街者を増やすことにつながり、天王洲アイル駅の発展を後押しした。

天王洲アイル駅一帯が注目されたきっかけでもある再開発事業は、主に三菱地所・第一ホテル・宇部興産が主導した。それらの企業が大きな役割を果たしたことは言うまでもないが、天王洲アイルを地盤にする寺田倉庫の存在も抜きにして語ることはできない。寺田倉庫は主業である美術品や骨董品の保管事業にとどまらず、デジタル時代を見据えたメディア保管事業などにも取り組む。

さらに、2000年代に入ると文化事業にも傾注するようになり、音楽や絵画といった文化事業にも積極的に参画。倉庫街をミュージアムへと変貌させて、天王洲をアートの街へと生まれ変わらせた。いまや倉庫を活用した街並みは、若者にオシャレと感じさせるほどファッショナブルな建物に生まれ変わっている。

倉庫街として出発した天王洲アイル駅一帯は、先述したように運河に囲まれている。時代を経ても運河そのものに変化はなく、昔ながらの水門を目にすることもできる。運河沿いにデッキが整備されたり、オープンカフェが設けられたりもしている。それらはうまく運河という資産を活かし、そしてアートの街へと導く役割もしている。天王洲アイル駅の近くには、コンクリート工場が操業している。往時を彷彿とさせるコンクリート工場が健在な一方で、その壁面にはアート画が描かれている。こうした工夫もアートの街。天王洲アイル駅の旧時代と新時代とが融合した結晶のようにも感じる。

そして、駅につながるデッキからアクセスできる天王洲セントラルタワーの1階は、展示会が開かれる展示スペースが設けられている。ここでは芸術系の学生による作品展示や有名アーティストの展覧会などが一年を通じて開かれる。天王洲セントラルタワーは中川特殊鋼という老舗企業が所有している。中川特殊鋼は一般的には馴染みの薄い企業だが、寺田倉庫とともに天王洲アイルをアートの街へと変貌させる一翼を担っている。


多くの企業が天王洲アイル駅の開発に関わり、そして天王洲アイルを地場にしていた企業もそれに協力する。東京モノレール・りんかい線の開業で花開いた天王洲アイルは、古い文化を吸収しながら絶えず新しく生まれ変わっている。

小川裕夫

最終更新:2/13(木) 11:46
マイナビニュース

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