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林家ぺーさん振り返る 結婚3年目で宍戸錠と共演エピソード

2/15(土) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

俳優でバラエティーに出たパイオニア

 思い出はたくさんあります。

 ハワイロケと聞いて、初海外だったのでわざわざパスポートを取って成田空港に行ったんです。師匠はじめ周囲の芸人に散々自慢して。ところが、旅行会社の手続きミスと言われ、搭乗ゲート手前で無残にもキャンセル。立ち直れないくらい呆然自失でした。その直後、野呂圭介さんがいつもの看板を持って現れ、「どっきり」とやっと気がついて。あまりのことに、怒る気力もなかったけどね(笑い)。真冬の北海道ロケは過酷でした。札幌で上はシャツ一枚にフンドシ一丁、おまけに裸足で通りがかりの人に防寒具を借りるという設定。それって、変質者ですよ(笑い)。

 だまされて真剣に怒ったこともありました。でも、スタジオに行って錠さんのお顔を見ると、そんな嫌な気分もどこかへ吹き飛んでいっちゃう。一人の人間として温かいものをお持ちなんです。僕なんてお笑い芸人ですから、偉そうなこと言えませんけどね(笑い)。

 名司会者で、ある時はだまし役、ある時はだまされかけたこともあった錠さんですが、番組スタートから慣れるまでは苦労されたと思います。今でこそ俳優であってもバラエティーに出たり、トーク番組で素顔を見せるって珍しくなくなりましたけど、70年代前後はほとんどいなかった。錠さんがパイオニアじゃないでしょうか。

 しかも、偉ぶらずビックリするくらい腰が低い。なんせ番組の打ち上げの名物といえば、パンツ一丁になった錠さんが歌うエロ替え歌。歌詞の中に日活時代の大スターを織り交ぜるもんだから、毎回大爆笑でしたよ。そんなところが長い間、スタッフや共演者から愛され、第一線でご活躍された秘訣だったんでしょうね。

 ありがとう錠さん。心からご冥福をお祈りいたします。

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最終更新:2/15(土) 9:26
日刊ゲンダイDIGITAL

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