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芥川龍之介の息子・也寸志の直筆か 高崎高の校歌 60年以上前に制作の楽譜を吹奏楽部員が発見

2/15(土) 6:06配信

上毛新聞

 伝統校の高崎高(群馬県高崎市八千代町)で、60年以上前の校歌制定時に作曲家、芥川也寸志(1925~89年)が直筆したとみられる楽譜や、作詞した前橋市ゆかりの詩人、草野心平(03~88年)の直筆とみられる原稿用紙に書かれた歌詞などの資料が見つかった。現在も歌い継がれている校歌で、校内で埋もれていたところ、生徒が偶然見つけた。同校は貴重な資料として、楽譜を額装して校内に展示する。

◎手紙や会議録も同封 曲への思いもつづる

 昨年11月、吹奏楽部の練習終了後、音楽準備室で道具探しをしていた2年の菅家太一さん(17)と大橋弘典さん(17)が大量の資料の中から、ひもでとじられた厚紙を見つけた。

 表紙に「創立60周年記念事業 新校歌制定資料」とあり、中には楽譜や、歌詞が書かれた原稿用紙が入っていた。校長に宛てて芥川が期日が遅れたことをわびる手紙、制定の経緯を記した会議録なども含まれていた。

 「草野先生の立派な詩を頂(いただ)いて仕合はせでした。時に荘厳に、時に元気溌剌(はつらつ)に、時にはまたロマンチックに、自由に歌い上げて」(芥川)、「伝統のある高崎高等学校の校歌ですので力を入れてつくりました。声高らかに歌っていただければ光栄です」(草野)などとする2人の思いもつづられていた。

 菅家さんと大橋さんは発見時、「すぐに価値あるものと思った」と振り返る。

 同校は1897年創立。1957年に制定された現在の校歌が3代目とされる。在職9年目の音楽担当、黒岩伸枝教諭は「楽譜は芥川さん専用の用紙で書かれていた。変ホ長調で作られ、斬新で躍動感がある校歌。直筆の楽譜を探していた」と発見を喜ぶ。加藤聡校長は「楽譜は学校の玄関に飾りたい」と話している。

 芥川は作家、芥川龍之介の三男。草野は昭和初期、上毛新聞社に勤務したこともある。芥川、草野とも県内他校でも校歌を手掛けた実績がある。

最終更新:2/15(土) 6:06
上毛新聞

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