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「木佐貫は高校から良いライバル」通算142勝をマークした杉内 俊哉の高校時代

2/15(土) 15:09配信

高校野球ドットコム

余計な力が入らない投球フォームから繰り出すキレ味鋭い直球と、打者の手元で大きく沈む変化球。この2つのコンビネーションで、数々のタイトルを獲得し、通算142勝をマークした杉内 俊哉氏。そんな杉内氏の現役時代にインタビューした記事を紹介したい。

高校時代

――1998年、夏の甲子園にも出場した杉内投手ですが、高校時代の試合で記憶に残っている試合といえば何でしょうか?

杉内 俊哉(以下「杉内」)最後の夏、鹿児島大会決勝の川内・木佐貫 洋との戦いです。今まで勝っていなくて、ずっと負けているチームだったので、最後に対戦をして勝てたことは印象に残っています。木佐貫は、高校時代から良いライバルでした。

――高校時代の練習で、印象に残っている練習はありますか?

杉内 特別なことではなくて、昔も今も、どこでも行われている練習だと思うんですけど、たとえば、ランニングとか、ポール間を走ったりとか、タイヤを引いたりなど。そういう練習は、今でも本当に大事だったと思っていますし、だからこそ高校球児たちも真剣に取り組んで欲しいメニューだなと思っています

高校時代から大きく変わったフォーム

――杉内投手は、高校時代のフォームと、今のフォームは、大きく変わっていますが、どんなことをポイントにしてフォームを作り上げていったのでしょうか?

杉内 高校の時は身体をひねって投げていました。当時は、カーブを重点に置いて投げていたので、当時のフォームではとても良く曲がりました。より鋭く曲げたいという意識が強かったのですが、身体をひねりすぎると、やはり肩への負担が大きかったんです。
ケガをしてからは、肩に負担がかからないフォームにして、真っ直ぐで勝負が出来るような組み立てで、試合が作れるようなフォームにしました。

――ケガというのは、社会人野球の三菱重工長崎時代でしょうか?

杉内 高校の時からきつかったですね。入社して1年はプレーができなくて、期待されて入って、1年目から投げたいという思いがあったんですけど。投げられなかったのは悔しかったですね。チームは、僕が入社1年目の時に都市対抗準優勝したんですけど、その姿をスタンドから見ていて、『投げたい!』という思いを強く持ちました。

――それからフォームについても見直されていったのでしょうか?

杉内 そうですね。1試合だけならば高校時代のフォームで投げることも出来ましたが、1年間のリーグ戦で、高校時代のフォームでは絶対にもたないと感じました。どうすれば、肩に負担が掛らないかを考えて、今のフォームになりました。

――連投しても肩を壊さないフォームというのは、どんな視点を持って、見出していけば良いのでしょうか?

杉内 多くの高校生がそうだと思うんですけど、やっぱりピッチャーはスピードを求めてしまう傾向があるんですよね。それだと体全体が力んでしまって、負担も大きくなってしまうんです。
自分はプロ入りして5年目でやっと、力んで投げるのも、リラックスして投げた状態で投げるのも、球速はそれほど変わりないんだなと思えるようになりました。

 でも、高校や社会人の時にそれには気付かないですよね。150キロを投げたいとか、今までのスピード記録を更新したいとか、そういう気持ちが先行してしまうんです。もちろんスピードを求めることも大事ですよ。でも、それで余計なところに力が入ってしまう可能性が高いと思うんです。

――現在の杉内投手は脱力したフォームで投げていますが、どうしたら、あのような力の入り過ぎないフォームで投げることが出来るのでしょうか?

杉内 確かに、力を抜いた状態で100%の球を投げることは難しいですよね。自分も、そういうフォームが出来上がったのは2005年ぐらいで、やっと感覚が掴めました。それまではすごく力を入れて投げていましたね。

 力を抜く方法は、人それぞれだと思うんですけど、自分の場合、投げる前に、『俺、やる気ない、やる気ない』と、自分に思わせてから一気に力を入れて、投げています。なるべくゼロから100にしたいので、マウンドでも、『やる気ない』とブツブツ、ブツブツつぶやいていますよ。逆に『三振取りたい、抑えたい!』と思ってしまうと力が入ってしまうんです。

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最終更新:2/15(土) 15:11
高校野球ドットコム

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