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「2%物価目標」は日銀の言う「為替の安定」につながらない

2/17(月) 12:06配信

ニュースソクラ

【門間前日銀理事の経済診断】緩やかな円高容認こそが現実的な選択

 日銀に限らず、世界の主要中央銀行のほとんどは、2%程度のインフレ率を目指して金融政策を行っている。その基本的な理由として、学界でも広く支持されているのは、いわゆる「のりしろ」の確保である。経済が正常な時に2%程度のインフレがあれば、その分金利も高くなるので、いざという時の利下げ余地が確保できる、というわけである。

 この点とは別に、日銀の独自理論が存在する。他の国が2%インフレを目指すなら、日本も2%インフレを目指すことが、長期的に名目為替レートの安定につながり、良好なビジネス環境の一助になる、というものだ。最近では、日銀の黒田総裁が昨年12月26日の講演でこの点に言及している。

 2%目標を理論的に正当化するには「のりしろ」論だけで十分である。それなのに日銀がわざわざ「為替安定化」論を主張する理由は、今一つ不明である。あえて推測すれば、物価を上げるというメッセージに対する国民の受けが悪いため、誰も反対しない為替相場の安定を持ち出して2%目標への国民の理解を求める、という情宣努力なのだろう。

 ただし、日銀のこの「為替安定化」論には、少なくとも3つほど問題がある。

 第1に、産業の国際競争力に影響するのは「名目為替レート」ではなく「実質為替レート」である。

 為替レートは長期的には各国間の産業の競争力を均等化させるように動く、というのが購買力平価の考え方である。例えば、米国のインフレ率が毎年2%で、日本のそれが毎年0%だとすれば、10年で日本製品は20%割安になり競争上有利になる。購買力平価の考え方によれば、こうした長期的なインフレ格差による競争力の変化をちょうど打ち消すように、市場の力によって名目為替レートが20%円高になるのである。

 日銀が言っているのは、こういう性格の長期的な20%の円高を、日本と米国のインフレ率を同じにすることによって回避しようという話である。しかし、よく考えてみてほしい。ここで言っている20%の円高は、低インフレで日本の競争力が高まる分にちょうど見合うものなので(そのことを「実質為替レート」は不変と言う)、そもそも問題視する必要はないのである。

 第2に、過去において実際に問題となった円高は、上で述べたような購買力平価に基づく長期的な円高とは基本的に関係ない。リーマンショックを挟んで120円程度から80円程度まで進んだ円高や、90年代前半にそれ以上の幅で進んだ円高は、日本と米国のインフレ率の違いでは説明できない。つまり、景気への悪影響など本当に問題となる為替相場の変動とは、そもそも購買力平価とは別の力によって、短中期的に起きる大きな変動のことなのである。

 第3に、最も本質的な問題点を指摘する。それは、長期的な名目為替レートの安定が仮に望ましいとしても、2%インフレを「目指す」だけではだめで、2%インフレが「実現」して初めてそのような効果が得られる、という点である。

 しかし、日本ではいくら2%インフレを目指したところで、その実現は極めて難しい。もちろん、冒頭に述べた「のりしろ」論の観点から、2%インフレが望ましいことは間違いない。しかし、間もなく7年になる異次元緩和の経験を踏まえれば、日本での2%物価目標ははなはだ非現実的であり、少なくともあと2年や3年で実現できるようなものではない。この現実はたとえ不都合でも受け容れざるをえない。

 2%インフレというファーストベストの実現が困難である以上、本当に求められているのは、2%インフレが実現しないという前提でのセカンドベストの金融政策である。かなわぬ2%の夢を追い続けることは、為替相場の長期的な変動にも、日銀の思いとは逆に不安定要因となるリスクをはらむ。どういうことか簡単に説明する。

 マイナス金利など極端な金融緩和は、現実の為替相場に対しては円安方向に作用する。一方、日本のインフレ率が一向に上がらず内外インフレ格差が継続すれば、購買力平価で決まる適正な為替相場は徐々に円高になっていく。

 つまり、物価への効果が乏しいのに極端な金融緩和を長く続けると、「実際の為替レート」が「あるべき為替レート」から円安方向にどんどん乖離していくのである。これは、将来何らかのきっかけで、「実際の為替レート」が「あるべき為替レート」に向かって急速に円高になるリスクを高めていることになる。

 こうしたリスクをため込むよりは、景気が好転する局面などをとらえて、2%目標にはこだわらずに金融政策を徐々に正常化する方が良い。内外のインフレ格差を反映した緩やかな円高を許容することが、実はセカンドベストの解なのである。しかも、そのようなインフレ格差に基づく長期的な円高が日本の競争力に無害であることは、先ほど述べたとおりである。

 極端な金融緩和で円安を保ち将来の円高リスクを大きくするくらいなら、最初から緩やかな円高トレンドを許容する方が、本当の意味での「為替の安定」に資する。その方が日本経済のためであるし、何より現実的な選択肢である。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:2/17(月) 12:06
ニュースソクラ

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