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福岡の公立校に現れた無名の145キロ右腕・牟田稔啓(香椎)の歩み

2/17(月) 12:00配信

高校野球ドットコム

 杉野弘英監督が牟田稔啓(むた・じんけい)を初めて見たのは、牟田がまだ中学の時である。その頃の杉野監督の評価は「球は早かったです。でも全くストライクが入らなかったですね」だ。この出会いこそ、杉野監督がまさに荒削りだのダイヤの原石に出会った瞬間である。

 それから約半年後に、牟田は香椎の門をたたくことになる。

 入学当時の牟田は、まだ制球が安定していなかった。

「ブルペンで立ち投げを10球させたら、キャッチャーが取れるところに1球しか行かないんですよ。それぐらいバラバラでひどい状態でした」

 こんな状態の牟田だが、この時からすでに杉野監督は牟田の底知れない可能性に惚れ込んでいた。

「やっぱり抜けていますね。体のバネとか状態の強さとかはものすごい、いいものがあります」「速いボールを投げること自体が僕は最大の魅力だと思っており、それぐらいのボールを投げるピッチャーはなかなかいないので、何とか牟田をものにしたいなと思って」

 杉野監督は、率直に牟田の魅力を語ってくれた。こうして牟田と杉野監督は香椎で出会い、そして二人三脚が始まった。

地道な練習と実戦経験を積ませる!

 2018年、香椎がベスト4に進出した夏が終わると、牟田は本格的に投手として始動した。杉野監督は牟田を成長させるために、バラバラだったフォームを丁寧に指導し修正していくことになる。そして、同時に練習だけでは付けることが出来ない、実戦経験を積ませるために練習試合に牟田を起用していくことになる。

 杉野監督は語る、「中学校の頃もほとんど登板の機会というのが無かったそうなんですね。だからそういう経験を積ませながら。だからたくさんの練習試合の相手の監督さんには頭を下げて「すいません」と」。

 コントルールが安定しなかった牟田に実戦経験を積ませるための杉野監督の決断である。こうした中、牟田は1年生の冬に紅白戦で145キロを出すまでに成長していった。

 牟田本人もこの時期の成長を実感している。
「1年生の冬から春にかけてスピードは一番伸びました」「入学した時は130前半でした。球速は一番成長していると思います」と話すように、杉野監督の下、着実に成長をしていったのである。

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最終更新:2/17(月) 12:05
高校野球ドットコム

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