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中井貴一「亡き父に背中を蹴られ俳優に」 若い頃のエピソードも明かしたロングインタビュー

2/18(火) 19:50配信

FASHION BOX

類まれな演技力で観るものを魅了するベテラン俳優の中井貴一。映画デビューから今年で39年を迎えてもなお、その勢いを落とすことなく芸能界の第一線で活躍されている氏の人生の転換期についてお話を伺った。

亡き親父に背中を蹴られ俳優を志す決意をしました

――中井さんは、日本を代表する映画スターだった父・佐田啓二と専業主婦の母の間に4歳上の姉(女優の貴惠)を持つ長男として生まれた。しかし、3歳の誕生日目前に、父親を交通事故で亡くす。高校時代はテニスに熱中し、コーチを職業にすることを考えるほどだったそうで、俳優になるなど考えたこともなかったという。しかし、父親の17回忌の供養の際、映画監督の松林宗惠にスカウトされ、成蹊大学在学中の19歳のときに松林の映画『連合艦隊』でデビューする。

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“親父が亡くなったときはまだ2歳ですから、直接的に影響を受けたことはないですね。でも、生きて教えてくれることよりも親父は死をもって僕に教えてくれたことがすごくたくさんある、というのは成長過程の中で思いました、特に仕事を始めてからは。

ただ、親父がいなかったことでの苦労はやっぱりありますよ。僕たちの世代は「ひとり親」ということをよく言われましたし、残酷なこともたくさんあった時代ですからね。

だけど、今になってみると、親父がいなくて甘えられないってことが僕にとってはプラスにもなっていたんです。なにせ収入がないんですから、生活は本当に質素でしたよ。洋服もドンドン買ってもらえるわけではないし、欲しいものを我慢するのは当然だと思ってました。

僕は子供の頃から俳優になりたいなんて微塵も思ってなかったです。いや、デビューする寸前まで思ってなかった。だから、初めて映画出演の話が持ち上がったときは、「やります」という返事をしたにもかかわらず、「俺、やるって言っちゃったよ。ヤベエ」みたいな(笑)。だって、おふくろにも姉貴にも「人見知りで赤面症のアンタには無理」と散々言われましたから。だから、家族にやるって報告したときの「エエーッ!」って言ったおふくろの驚いた顔ったらなかったな。

未だになぜあのとき「やります」って返事をしてしまったのかがわからない。だって、当時の僕は脳みそが筋肉でできている、というぐらい運動中心の毎日で「断ってくるから」と言って家を出てるんです。絶対に親父が僕の背中を蹴ったんだとしか思えない(笑)。だから、僕の人生においての一番のエポックは、「やる」と言ったあの2秒です。あのときに断っていたら、俳優にはなっていないと思いますね。”(中井貴一)

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最終更新:2/18(火) 19:50
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