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栗山英樹監督が熱視線送るドラフト4位ルーキー・鈴木健矢の木更津総合時代。サイド転向が人生を変える大きな転機だった

2/18(火) 6:01配信

高校野球ドットコム

 木更津総合では2年秋にエースの座を獲得し、3年春には選抜甲子園に出場。卒業後に進んだJX-ENEOSでは、1年目から公式戦に出場し、2年目には最年少で社会人日本代表にも選出。2019年のドラフトで日本ハムからドラフト4位指名を受けてプロ入りを果たした鈴木 健矢投手。

【写真】もはや美しいとも言える、木更津総合の現在のエース・篠木健太郎の投球フォーム

 同期の河野竜生投手とともに17日に1軍キャンプに合流し、栗山英樹監督から期待を寄せられている鈴木投手。今回はそんな鈴木投手へ取材をした2018年の記事を掲載。野球人生を変えたサイドスローへの転向や夏の大会でこみ上げた後悔についてご紹介していきます。

サイドスローへの転機となった高校時代

 ―― まずはピッチャーはいつから始めたか教えてください

鈴木 健矢(以下、鈴木): もともとは野手をやっていましたが、本格的に転向したのは中学2年の秋からですね。中学3年くらいから主戦で投げるようになりました。

 ―― 高校は千葉の強豪・木更津総合に進みました。進学を決めた理由を教えてください。

鈴木: 当時、木更津総合でコーチをされていた滝田優司先生(現・市原中央)という方に誘っていいただきました。練習見学でピッチングをしたときにウチにきなよと言われて、ぜひお願いしますという感じで。

 ―― 実際に入部してみてどのようなことを教わりましたか。

鈴木: 主にトレーニングを見てもらいました。滝田先生は野手だったのですが、ピッチャーのほうもよく見てくださって、下級生の時は、よくその日の特別メニューをやらせてもらったりしていて、ピッチングコーチが木更津総合はいなくて、メンタル面や心の持ちよう、叱咤激励をよくいただきました。

 ――高校に入ったときはスピードはどのくらいでしたか?

鈴木: 125~126キロくらいでしたね。

 ――スピードアップのきっかけを教えてください。

鈴木:フォーム変更ですね。今はサイドスローですが、もともとオーバースローでした。2年生の時にサイドスローに変えた瞬間、132キロとか出るようになりました。体の使い方が合っていたのかなと思いますね。

 ――高校時代のトレーニングをいくつか紹介してもらっていいですか?

鈴木:木更津総合は基本的にランニングしかしないんですよ。グランドの近くにアップダウンの激しい1周5キロのコースがあるのですが、そのコースを走ったり、自転車を漕いだりしていました。高校1年の秋の大会負けた時には、4周(20キロ)走ったりもしました。あとグランドの横に60メートルくらいの砂浜があり、そこでタイム走や丸太を持って走ったりしました。丸太の重さは重いやつで10キロとかありました。

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最終更新:2/18(火) 6:01
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