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西武源田「マジか~」東京行き「やっぱりいらない」で頓挫/単独インタビュー

2/21(金) 12:14配信

西日本スポーツ

 西武の新主将に就任した源田壮亮内野手(27)が、リーグ3連覇と東京五輪金メダルへの思いを語った。甲子園出場経験もなく、プロからの注目度も「おまけ」程度だったという遊撃手が、昨年のプレミア12では侍ジャパンの一員として世界一に貢献。野球を始めたきっかけや自らの守備力を高めることにつながったアマチュア時代の失敗なども振り返った。(聞き手・構成=小畑大悟)

【写真】源田の妻で元乃木坂46の衛藤美彩

 -秋山(レッズ)から引き継いだ「C」マークをつけてのキャンプだった。

 そんなに意識はしていないけど(周りからの)見られ方は多少変わるのかなと思っていた。ちゃんとしようと。

 -辻監督も「主力はそれぞれが引っ張っていくように」と話していた。

 今はみんな自分で何をしたいかを考えて、動いてプレーできる人ばかりなので口うるさく言う必要もない。常にアンテナを張って、周りを見ながらという感じ。

 -プロ4年目で大役。順調な3年間だった。

 僕自身もびっくりしているところがあるし、昔からの僕を知っている人はもっとびっくりしていると思う。でも、もっと改善できるところはある。

 -球歴は地元の大分市でのソフトボールから始まった。

 父が野球好きだった。僕らの地域は少年野球のチームがなくて、ソフトボールが8チームぐらいあって盛んだった。(小学)2、3年の頃、2個上の兄が始めた時に一緒にソフトボールチームに入ったのがきっかけ。

 -中学で硬式野球を始め、大分商高に進学。

 自分の基本というか、芯の部分、自分はこういうプレースタイルでいけばいいんだと高校時代に分かった感じ。

 -当時から守備を軸としたプレースタイルだったのか。

 守備と足はアピールポイントだった。打順もクリーンアップを打つわけでなく、1番とか2番とか、今と同じような感じだった。

 -練習量も多かった。

 守備ばかりやっていたかな。朝6時半ごろ、学校に着いて、授業の前にコーチにずっとノックを打ってもらって守備をやっていた。毎朝1時間ぐらいかな。

 -プロからの注目は。

 そういう選手ではなかった。(ドラフト関連の)雑誌にもおまけ程度にちょろっと小さく名前が出る程度でそんなに大したことはなかった。

 -甲子園の出場経験もない。

 今はプロに入れているので、逆に出られなくて良かったんじゃないかなというのもある。(愛知学院)大学に行って(社会人の)トヨタに行った時、甲子園常連校の人に話を聞いた。自分は出たことがないので、変なプライドもないし、スッと(話が)入ってくるというか素直に聞けた。いろいろ自分が経験したことのない話を聞けた。もし僕が甲子園に出ていたら変なプライドもあって、そうじゃなかったのかもしれない。

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最終更新:2/21(金) 12:14
西日本スポーツ

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