【記者:Ben Farmer】
アフガニスタン南部カンダハル州、パンジュワイ地区を見渡すガルギの警察検問所。その岩場周辺には、過去40年に起こったすべての戦争の爪痕が残っている。
石だらけの坂道に沈み込んでいるさびついた戦車は、周りの果樹園やブドウ畑で、旧ソ連軍がムジャヒディン(聖戦士)を相手に戦っていた頃のものだ。
車で少し進んだところに、アフガニスタンの旧支配勢力タリバンの発祥地、サンギサルがある。初代最高指導者オマル師は、ロシアが去った後に勃興した軍閥らを相手に戦うために、イスラム神学校の教え子たちによる武装組織を結成した。
もう少し新しい、土のうでできた塹壕(ざんごう)や弾痕の残る建物は、米軍主導の有志連合とタリバンとの戦いの痕だ。
過去7年間、この前哨地に駐屯してきたのは、携帯電話の基地局を警備する地元警察だけだ。パンジュワイ地区の住民は長年の戦闘で大きな代償を払ってきた。
地元の長老ハジ・モハマド・ラスールさんは、近隣のショラバク地区で警察署長を務めていた兄弟と、同じく警察官だった息子を亡くした。昼食の羊肉とナス料理を前にしながら、「彼らの子どもたちのために私が食事を作っている」とラスールさん。「どの家もそういう状態だ」
米国とタリバンは29日、カタールの首都ドーハで和平合意に署名した。米軍は撤退をはじめ、武装組織はアフガニスタンの指導者たちと共にこの国の統治方法をめぐる長く困難な交渉の席につくだろう。
外交関係者らは慎重だが、この和平合意は衝突の政治的な着地点を見つけるためのこれまでで最高の機会だという。国連によると、昨年の民間人の死傷者は約1万400人と推定される。
ハジ・モハマドさんは1994年の秋、内戦による無法状態に反応してタリバンが結成された時のことをよく覚えている。最初は賊党を武装解除し、地方部の治安を守ったため歓迎された。しかし絞首刑や盗みを働いた人の手を切断するといった刑罰や規則、イスラム教の厳格な解釈が住民を遠ざけるようになった。
ハジ・モハマドさんは「治安は良かったが、それだけだった。彼らは残酷さで支配していた」という。それでも、もしもタリバンがアフガニスタンの政治に参加し、武器を収めるならば歓迎するという。「彼らを許さなければ、平和は訪れない」
車両爆破を命令した国際指名手配犯として知られるタリバンの副指導者、シラジュディン・ハッカニ師は今月、米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で欧米諸国に対し、自分たちの組織の意図について説明しようと試みた。
ハッカニ師は、今のタリバンが望むのは「包括的な政治制度」で、イスラム教徒の女性の学ぶ権利や働く権利を保障すると述べた。
テレグラフの取材に応じた人の中で、タリバン主導の政権による厳格な統治に戻ることを望む人はいなかった。しかし権力の分担や議会への受け入れは機能するかもしれないという意見があった。
中には、タリバンはもはや結成当時のように厳格ではないと考える人もいる。アブドル・ガフールさん(60)は「大きなひげを生やしてターバンをしろとか、女子は学校に通わせないといった主張はしないだろう」と述べる。
だが、パンジュワイの女性たちもそう考えているかどうかは不明だ。テレグラフの取材中、女性の姿はほとんど見られなかった。
また住民たちは駐留する外国軍にも複雑な気持ちを抱いている。2006年以降、パンジュワイでは最初にカナダ軍、次に米軍が警備に就いているが、暴力を鎮圧するどころか悪化させたと批判されている。
地元住民はタリバンを外国軍を引き寄せるハエになぞらえている。地元警察のナザール・モハマド副署長は、米国がこの地区に建てた巨大な施設から指揮を執っている。
モハマド副署長は、外国の駐留部隊についてよく言われている批判を口にした。高い技術と戦力をもってして、なぜ神学校の学生たちの寄せ集め集団に勝てなかったのか? 「米国人にとってタリバンを追い出すのはごく簡単なことだが、彼らはそうしたくなかったのだろう」。モハマド副署長自身は、どのような合意であっても駐留軍に撤退してほしいと考えている。
また1990年代に世界が冷戦後のアフガニスタンを見捨てたために内戦に陥ったことを指摘する人もいる。そうした人々は、米軍には残ってほしいが戦闘ではなく、人道支援を行ってほしいと言う。
パンジュワイ中心部の治安はすでに改善した。住民らによると駐留軍を地元採用の警官に置き換えたことで、暴動をあおっていた部族同士の反目を抑えられたという。
モハマド副署長によると米軍が駐留していた時は、管轄区域内の移動のために40台もの武装車両を必要としたこともしばしばだった。今はただ車に飛び乗るだけでいい。過去7年間、パンジュワイ地区で部下を亡くしたことはない。
しかしアフガニスタンの大半の地域はここまで幸運ではなかった。近隣のマイワンド地区では多数の死傷者が出ているとモハマド副署長は言う。
今後行われるタリバンとアフガニスタンの指導者らの協議は、和平プロセスの中でも最も困難な部分になるだろう。
アシュラフ・ガニ政権は、米国の操り人形だとしてタリバンが拒絶しているために、これまでの交渉から締め出されている。米軍が撤退すれば、ガニ大統領の交渉での立場は弱まるだろう。
またアフガニスタンの政治家たちは昨年9月の大統領選挙の結果をめぐり、現在激しく対立している。ガニ氏の勝利が宣言されたものの、対立候補だったアブドラ・アブドラ氏は選挙結果の受け入れを拒否し、独自の政権樹立をちらつかせた。タリバンとの交渉相手を誰にするか選ぶだけでも緊張をはらんでいる。
しかしすでに夏の暑さが訪れ、もうすぐ畑にブドウやザクロがあふれるパンジュワイでは、住民らが平和への希望の光を見出したいと願っている。【翻訳編集】AFPBB News
「テレグラフ」とは:
1855年に創刊された「デーリー・テレグラフ」は英国を代表する朝刊紙で、1994年にはそのオンライン版「テレグラフ」を立ち上げました。 「UK Consumer Website of the Year」、「Digital Publisher of the Year」、「National Newspaper of the Year」、「Columnist of the Year」など、多くの受賞歴があります。
最終更新:3/1(日) 10:53
The Telegraph





























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