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開発責任者に聞くホンダ「フィット」が日本で生まれた必然

3/11(水) 12:11配信

マイナビニュース

ホンダの新型「フィット」が私の心を捉えたのはなぜだろう? フィットに限らず、クルマは開発した人の思いが映し出されるものだ。もちろん、たった1人で新車の開発ができるわけではない。しかし、ただ漫然と、以前のクルマよりも良くしようとするだけでは、出来上がったクルマもつかみどころのないものになってしまう。

【写真】「用の美」を体現する新型「フィット」

新型フィットの開発責任者(LPL:ラージ・プロジェクト・リーダー)を務めた本田技術研究所の田中健樹主任研究員は、このクルマを作るにあたり、まずは明確な目的と方向性を定めた。これが、新型フィットが語り尽くせないほどの魅力に満ちたコンパクトカーに仕上がった背景だと思う。

日本で生まれたグローバルカー

田中LPLが最初に話したのは、フィットを「日本発のグローバルカーに育てる」ということについてだった。かみ砕くと、日本に最適なコンパクトカーを開発し、それを基にして、世界に通じるようなクルマに育てていくということである。

ところで、「グローバルカー」(世界戦略車)という言葉が使われだしたのは、いつ頃からだろうか。

今から50年ほど前の1970年代、2度の石油危機を経験した米国ではコンパクトカー開発の機運が高まった。当時はまた、日欧からの小型車の輸入が次第に増え、「ビッグスリー」(GM、フォード、クライスラー)の販売が地域によっては圧迫を受けはじめていた頃でもある。こんな状況を踏まえ、それまで大型乗用車を得意としてきた米国自動車メーカーも、小型車生産に乗り出すことに決めたのだ。その頃から、「グローバルカー」という言葉を耳にするようになった。

グローバルカーという言葉を掲げ、世界市場で共通の魅力を創出しようする自動車メーカーの姿勢からは、いかにもクルマの本質を突こうとするかのような印象を受ける。だが実態は、複数のクルマで車台(プラットフォーム)を共通化することで、開発と製造の原価を下げ、儲けを増やそうという狙いが裏にはあったはずだ。それは、世界の自動車メーカーにとって理に適う考え方だった。ところが結果的には、世界のどの市場にも最適ではなく、消費者にとっては魅力の薄いクルマが増えていったのである。

そうした中、ことに小さな車体にいかに魅力を詰め込むかが問われるコンパクトカーにおいて、世界で唯一の「軽自動車」規格を持つ日本の市場に的を絞り、最適なコンパクトカーの在り方を求めたのが、今回の新型フィットなのである。ガラパゴスと揶揄された軽自動車の存在が、優れたコンパクトカーを生み出す礎となった。

荒野を開拓して国が拓けた米国は別として、永い歴史を持つ国々の道路は決して広くない。そこでは、日本の5ナンバー車に相当する大きさが最も使いやすいはずだ。

新型「フィット」の開発コンセプトは「用の美」

新型フィットの開発コンセプトは、「用の美・スモール」という言葉だ。「用の美」とは芸術的な美の対極に位置するもの、あるいは機能美といってもいいかもしれない。

日常で役立つ使い勝手は、歴代フィットが追い求めてきた要素である。新型フィットではさらに、使うことが心地よいと感じられるモノづくりを追求した。そこにはおのずと美しさも備わる。

その実現のため、田中LPLは1本の映像を制作し、開発を担う人々と共通認識を高めていった。クルマを作る上では、単に数値化できる性能を高めたり、機構を工夫したりするだけでなく、人の気持ちを研究しながら開発を進めた。そのうちに、「視界がよい」「座り心地がよい」「触り心地がよい」といった具体的な方向性が定まっていく。それらは開発目標であると同時に、使う人の立場で考えた性能や機能の開発にもつながった。

こういった特長を、いかにして伝えるか。田中LPLは、新型フィットに試乗した人が魅力を実感できるよう、場面設定を行った。まずはクルマを見て、それから乗って、次に運転し、使ってみるというように、顧客がこのクルマと接する手順の中で、その魅力を発見できるようにしたのである。これにより、開発者たちも顧客目線で開発を進めることができるようになり、到達すべきゴールも明確になった。

例えば、フロントウィンドウの視界のよさは一目瞭然だ。それを実現するため、ホンダでは前面衝突に対する新しい車体構造を開発した。座席にも、従来とは全く異なる構造を採用し、新鮮な座り心地と運転するための座席という機能性を両立させている。ハイブリッドシステムは2モーター方式とし、モーター走行を主体とすることで静粛性を向上させた。その静粛性をいかすため、窓ガラス周りの密閉性を高めたり、フロントウィンドウのガラスを厚くしたりして風切り音を抑えた。

クルマの本質を突くホンダの開発姿勢

前型よりも何かを向上させることにプライオリティーを置かず、あくまで消費者が喜ぶ本質を追求する。そんな開発姿勢をクルマの至るところで感じることができる。この考え方は、まさしくホンダ創業者の本田宗一郎が、他社の真似ではなく、独創によってホンダを確立した姿勢に通じる。

田中LPLは、「フィットの前の『ロゴ』、あるいは1980年代の『シティ』も、そういうホンダらしいコンパクトカーでした。中でもシティは、オーバーフェンダーを装備した高性能車やオープンカーのカブリオレ、そして、商用バンのシティプロなど、魅力ある派生車を生み出す創造力を喚起しました。フィットを開発するにあたっては、かつてのコンパクトカーの魅力も研究したんです」と話す。

ホンダの独自性はホンダファンを生みだした。その源泉は、2輪から4輪事業へ進出する際に生み出したミッドシップエンジンの軽トラックや、オープンスポーツカーを開発した過去へと遡ることができる。それらは単に奇をてらった商品ではなく、他に例をみない唯一無二の魅力を生み出そうとした本田宗一郎の志が具現化したものだった。

田中LPLは、「1958年の誕生以来、『スーパーカブ』が形を変えていないのは、それが本質を突いた開発であったからで、もはや変えようがないということです。新型フィットもそういうクルマを目指しました」と語る。

「ことに、クルマのパッケージングについては、軽自動車を見れば分かる通り、日本が得意とする技術なのではないでしょうか。日本発の発想も、そこが原点です」。そんな考えで田中LPLは、顧客に喜んでもらうべく、新型フィットの開発を全方位で見落としなく進めたというのである。

自動車開発を本社に集約、ホンダらしさの今後は

ホンダの開発を担う本田技術研究所は、ホンダの100%子会社でありながら、本社の上位に位置づけられてきた組織だ。2輪、4輪、汎用製品の全領域において独創を生み出してきたのが研究所という組織なのである。こうしたホンダの体制は、創業者・本田宗一郎の意志でもある。

2輪のスーパーカブも、4輪の「シビック」や「アコード」も、そして今日の「N-BOX」も、全て研究所の創意工夫から生まれた製品だ。ロボットの「アシモ」や「ホンダジェット」も同じである。例えば米国には、ホンダの芝刈り機を使い、ホンダのバイクに乗り、そしてホンダ車を愛用する優良顧客がいる。他にはない何かが、ホンダのあらゆる製品にあるからこそ、こうしたホンダファンが存在するのだろう。

研究所は永年にわたり、失敗することをよしとし、その失敗を次なる開発の糧としてきた。その上で、失敗は一刻も早く取り返すことが求められる。開発の過程には評価会が設けられ、役員から開発担当者が厳しく内容を精査される。出された課題に答える開発を全力で行うことにより、独創を実現する力としてきた。

研究所には「R」と「D」という開発担当がある。「R」はいわゆる先行開発で、新しい価値を生み出す技術開発を行い、「D」はそれを商品として完成させるための開発を担う。そして、ホンダエンジニアリングという独自の生産設備会社が、研究所が開発した製品を量産できるよう、設備を独自開発してきたのである。他の生産設備会社では量産できないような開発を研究所が行っても、それをホンダエンジニアリングが完成車として実現させることで、他にないホンダならではの新車が誕生してきたのであった。

それがホンダの強みであり、ホンダファンを惹きつけることができた要因でもあったはずだ。

しかし、ホンダは今年2月、本田技術研究所から、デザインを除き、4輪車に関する商品開発機能の全てを本社に統合する方針を発表した。また、ホンダエンジニアリングも本社に合併する予定だという。ホンダの四輪事業は利益率が低く、2018年度第4四半期には赤字を計上している。研究所の機能を本社に統合するのは、四輪事業で巻き返しを図りたいという思惑からだろう。

この動きは、ホンダ車をホンダらしく生み出すために本田宗一郎が形作った組織形態を転換することを意味する。新体制で作るホンダ車から、ホンダらしさが薄れてしまいはしないかという懸念が残る。

本田技術研究所の社長はホンダ本社の役員を兼務するが、本社の社長とは対立構造を持つ立場で意見を戦わせることが、ホンダの成長につながってきたのではないだろうか。本社の意向を受けるままに新車を開発するのでは、新型フィットのような新車を生み出すのが難しくなりそうで心配だ。

あえて正しい運転姿勢にこだわり、N-BOXとは違う独自の魅力を盛り込んだ軽自動車「N-WGN」に続き、4代目にしてコンパクトカーの本質に原点回帰し、熱く語れる魅力にあふれたクルマとして登場した新型フィット。これらのクルマから伝わってくるホンダらしさに今後も期待し、注目し続けたい。


著者情報:御堀直嗣(ミホリ・ナオツグ)

1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。

御堀直嗣

最終更新:3/11(水) 12:11
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