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『復興という名の災害だ』 小さな街が直面する人口激減、孤独死…東日本大震災「9年後の現実」

3/11(水) 15:59配信

関西テレビ

2020年の3月11日で、東日本大震災から9年です。

甚大な被害が出た宮城県石巻市の中で、当初は『復興のトップランナー』と言われた海辺の街・雄勝。

再起をかけて復興事業が進められていますが、いま町に住む人はほとんどいません。

住民の中には『復興という名の災害だ』という人もいます。

なぜこのような言葉が出てきてしまうのか…いずれ私たちも直面する「復興」の現実です。

「復興のトップランナー」と呼ばれた街が…

宮城県石巻市雄勝。

海に面したこの地区では現在、湾を覆うように、高さ約10mの巨大な防潮堤の建設が続いています。

雄勝で生まれ育った、阿部晃成さん(31)。

【阿部晃成さん】
「人が全く暮らしてない所にこんなふうに建てて、本当に何なるんだろうな」

阿部さんは、津波で家族と暮らしていた自宅を失いました。
その後、町の復興に向けて奔走してきた1人です。

――Q:いまの雄勝は、阿部さんの思う“復興”?

【阿部晃成さん】
「いや、それは全く違いますね。これだったら、何ひとつしなかったほうが良かったと思います。復興で正直、この地域は厳しくなってしまったと思うので」

9年前、雄勝に津波が襲い掛かりました。

地区の8割の住宅が全壊し、173人が死亡(災害関連死含む)、今も70人が行方不明のままです。

 震災からわずか2ヵ月後、石巻市は『住民と協力して復興を話し合いたい』として“まちづくり協議会”のメンバーを募り始めました。

 阿部さんは、生まれ育った町に恩返ししたいと考え、迷わず応募。この時期の協議会の設立は、被災地の中でも早い動きで、雄勝は『復興のトップランナー』と呼ばれました。

 住民の多くが、雄勝の外に造られた仮設住宅などでバラバラに生活を送る中、阿部さんたち、まちづくり協議会がアンケートをとったところ、住民の約5割が「地元に戻りたい」と回答。

 そのうち、「津波で浸水した土地であっても、元々住んでいたところで再建したい」という人が6割を超えました。

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最終更新:3/12(木) 0:43
関西テレビ

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