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【3.11】新型コロナウイルスと3月11日 あの日の福島から学ぶべきこと

3/11(水) 12:37配信

ハフポスト日本版

「新型コロナウイルス問題は、2011年3月11日からの福島に学ぶべきだ」。
そう語るのは、震災後の東北を取材してきたノンフィクションライターの石戸諭さんだ。
経済の悪化は、人の命に直結する、と警鐘を鳴らす石戸さんが、3.11以降の福島から私たちが学ぶべきことを寄稿した。

忘却される3月11日からあとのこと

新型コロナウイルス問題は、2011年3月11日からの福島に学ぶべきだ。教訓はここに詰まっていたはずなのに、政治もメディアもあまりにも忘れすぎている。

この間、取材先からいただいた、いくつかのメッセージでそう確信した。リスクは原発事故そのもの、あるいは新型コロナウイルスそのものだけではない。社会がどう反応するか、が問題の大きさを決める。

経済がうまく回らなければ、ウイルスだけでなく人の命と直結する問題が起きる。

福島から届いた声

福島から届いた2人のメッセージを紹介したい。福島県飯舘村に住む菅野クニさん、元東京電力社員で2011年当時福島第二原発に勤務していた吉川彰宏さんだ。2人はいずれも拙著『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)に登場する、私の取材先である。

ことの発端は私がFacebookに「このままだと新型コロナウイルス問題で、経済に深刻な打撃がやってくる。経済の悪化は人の命の問題」であるという趣旨の投稿を書いたことだ。

それを読んだ菅野さんが真っ先にこんなコメントを書いてくれた。

《9年前の東電福島第一原発事故で、自死の方が何人もおります。避難指示が出ない地域で、美味しい野菜を作っていた農家さん、酪農家さん…。

私の村は1か月遅れの避難指示がありましたが、「いずれ避難していただきます」と予告ニュースがあったその明け方に、同じ行政区の90歳を超えた元気な男性が…福島県は地震津波による直接死より震災関連死が多いのです。この意味をぜひ想像してください。》

「人殺し」「子供に食べさせたくない」と言われて。

福島県によると、福島県の震災、津波による死者数(直接死)は1605人、震災関連死者数は2304人(20年3月5日現在)。関連死には自死も含まれる。

ここで、自死の意味を考えてみる。

ある人にとって生きがいと仕事は直結している。人は誰かの役に立っていると感じることで、生きることができ、働くことは「役に立っている」という実感につながるものだ。

想像してみてほしい。放射性物質の汚染状況からみて、科学的には問題ないことがわかっていても、農家が育てた生産物が「いらない」「人殺し」「子供たちのために食べさせたくない」と言われたどうだろうか。

原発事故による避難が続く中で、事業の再開が見通せなくなった酪農家は何を思うだろうか。

結局、問題は科学にとどまらない。科学的なリスク評価とは別の次元も含めて、社会は動いている。

経済活動が停滞し、仕事がなくなれば、人は自ら死を選ぶことも起こりうる。そして、生活環境の変化は思いもよらぬストレスを与え、心身に負荷をかけるのだ。

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最終更新:3/11(水) 12:37
ハフポスト日本版

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