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崩れ始めた欧州の理想 移民流入で極右台頭 ベルリンの壁崩壊30年、東欧は今(1)

3/17(火) 11:02配信

47NEWS

 米ソ冷戦が終結へ歩を早めた1989年、世界の分断の象徴だった「ベルリンの壁」が崩壊、東西欧州の再統合は、西側自由主義と民主主義が目指す世界秩序の完成を予期させた。あれから30年。富の偏在が生む「格差の壁」は今も内外を分断し、強権政治が台頭、民主化後退の暗雲が広がる。もろくも崩れ始めた理想と再び動きだした現実を、かつての壁の向こう側、旧東欧各地を中心に3回に分けて報告する。(共同通信=土屋豪志)

 ▽子のため、難民として欧州へ

 夕闇の寒気が強まる旧ユーゴスラビア、セルビア北部のハンガリー国境。2019年11月。彼我を隔てるフェンスと鉄条網の奥に、欧州連合(EU)への「開かずの関」と言われるハンガリーの一時収容施設が、投光器に浮かび上がる。東欧諸国の共産政権が相次いで崩壊した30年前、自由と豊かさ、民主主義と正義を求める熱気に湧いたハンガリーで、理念が色あせ難民におびえる欧州の姿があらわになっていた。

 「アフガニスタンを出たのは、子どもたちのためだ」。フェダ・ムハンマドと名乗る男性(43)が滑らかな英語で話した。16年から妻子4人と国境にいるムハンマド氏。難民申請をし、審査を待つ人々が滞在する一時収容施設のすぐ外にテントを張り、申請の機会を待つ。一度入ればいつ出られるか分からない「監獄」とも呼ばれる場所に、一家の望みをつなぐ。

 カブールの米警備会社などで働いたムハンマド氏は「稼げる仕事はあったが、治安が悪すぎた」と語る。1979年にはソ連が、2001年の米中枢同時テロ直後には米英が侵攻。アフガンは今も冷戦の混乱と貧困を抜け出せずにいる。タリバンや「イスラム国」(IS)などイスラム過激派の脅威も再燃し「子らの将来が描けない。親としてできるだけのことをしてあげたかった」。ムハンマド氏はそう話した。

 ▽ハンガリー、ポピュリストへの変節

 旧共産圏で政権崩壊が相次いだ1989年、ハンガリーは「鉄のカーテン」と呼ばれた国境を開放し東側市民に西への脱出路を提供。自由と安定を目指す人々の流れは民主主義の理念を高揚させ、ベルリンの壁崩壊や東欧民主化を決定付けた。

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最終更新:3/17(火) 11:12
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