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ミルクボーイの「最中ネタ」、あえて挑んだ「ハードな笑い」だった 誰もが笑える「大衆性」切り開く

4/2(木) 7:00配信

withnews

漫才にとって重要な「ネタ」。そもそも漫才とは、身近な話題であるネタを扱いながら、ボケとツッコミのやり取りで笑いを誘う芸だ。その“身近”という概念も、時代によって変わってきている。ミルクボーイの駒場孝(33)と内海崇(34)がネタにした「コーンフレーク」「最中」は、なぜ今の時代に響いたのか。漫才が大衆化した1980年代からの変化をたどりながら、趣味趣向が細分化した時代に誰もが笑えるネタを発掘した ミルクボーイの新しさについて考える。(ライター・鈴木旭)

【画像】M-1優勝前のミルクボーイ、トレーニングジムの利用者として取材されていた!

好景気が生んだ“毒”

1970年代、横山やすし・西川きよしの台頭によって、漫才はじわじわと親しみやすいものになっていく。その流れのなかで、1980年代初頭の漫才ブームがはじまった。それを象徴するテレビ番組が『THE MANZAI』(フジテレビ系)だ。

番組に出演していたほとんどの芸人は吉本興業所属で、別称「吉本ブーム」とも呼ばれている。漫才 のネタは、日本の景気のよさを表すかのような能天気さ、芸能界の華やかさ、若者文化を象徴する素材がメインだった。その中で、ツービートは、刺激的なネタで注目を浴びた。吉本興業所属の芸人でもなく、関西の芸人でもないコンビが目立つためには、誰も手をつけていない“毒”を必要としたのだろう。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」「人はねた、あの快感がたまらない」といったフレーズが飛び出す交通標語ネタや、「飛行機が飛んでると、みんな出てきておがむ」といった田舎者を差別するようなネタを披露し、若者からの絶大な支持を集めた。

あこがれも含め、都会と田舎の落差があった時代だからこそ許容されたネタと言っていいだろう。

ダウンタウン、爆笑問題で身近な素材を裏切るネタへ

ツービート の後に登場したダウンタウンの松本人志と浜田雅功は「クイズ番組」「食リポ」など、テレビ番組でよく目にするシチュエーションを下地にすることで、ボケの卓越した発想力を見せることに成功した。有名なネタ「誘拐」は、刑事ドラマにありがちな“電話で犯人が身代金を要求するシーン”がベースになっている。

     ◇

松本:もしもし
浜田:はい
松本:お前のとこの息子な。うちであずかってんねん
浜田:えー!
松本:うちであずかってんねん!
浜田:いや、そんな……
松本:驚くことあれへん。あんたが朝あずけていったんや

     ◇

イメージしやすい設定で瞬間的に緊張を生み出し、さまざまな角度のボケで笑いに変えていく。加えて、ダウンタウンは、関西出身にもかかわらずコント漫才が多いことも特徴だ。漫才にコントを導入することで、関西弁の“えぐみ”をなくす効果を発揮した 。

また、ツービートに触発されて漫才をはじめた爆笑問題の太田光と田中裕二は、世の中の時事問題に毒を吐く、または旬な話題をモチーフに飛躍した展開へと持ち込むネタを得意とした。『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』(テレビ朝日系・1993年10月~1994年3月終了)で披露した「Jリーグ」は、その代表的なネタだ。

     ◇

太田:ちょっと流行(はや)るとさ、それに便乗して商売しようってヤツが必ず出てきますよね
田中:うん、便乗商法ってヤツね
太田:Jリーグカレーなんつってね
田中:ありますね、Jリーグカレーね
太田:Jリーグとカレーと、どう関係してんだってことですからね
田中:ぜんぜん関係はないから。本当はね
太田:そのうち出てくるんでしょうね、ラモス100%ジュース
田中:なんだそれ、どんなジュースなんだよそれは
太田:天然のラモスをギュッと搾りました、なんて
田中:搾んな、そんなもん。搾ってどうすんだよ!
太田:もっとすごいのが、つぶつぶラモス
田中:気持ち悪いよ!

     ◇

1993年に開幕した日本プロサッカーリーグ「Jリーグ」。なかでも、ブラジル出身で長いパーマスタイルのラモス瑠偉選手は強烈なインパクトがあった。当時、実際にラモス選手はJリーグカレーのCMに出演しており、 それをモチーフに、あり得ない商品・キャッチコピーへと飛躍させて笑いをとっている。時代の顔となった著名人、流行をふんだんに利用したネタと言えるだろう。

ダウンタウンも爆笑問題も、 「身近な素材を、どんな角度で裏切るか」というボケのセンスが試されるようなネタである。とくに松本人志の影響は大きく、90年代は他の芸人から生まれたネタがかすんでしまうほどだった。

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最終更新:4/2(木) 7:00
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