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ハナコで注目、トリオ芸人の演劇的笑い「第三世代」のマグマ噴き出す 「設定」と「時間軸」柱にした絶妙さ

5/21(木) 7:00配信

withnews

ジャズメンが源流の「ハナ肇とクレージーキャッツ」を筆頭に、かつてコントを披露するメンバーは5人以上が常だった。演芸ブームなどを経て、お笑いが細分化されるなか生まれたのが3人組のトリオだった。てんぷくトリオ、コント赤信号、ダチョウ倶楽部から、近年、注目のハナコへ。演劇的な構造を持つコントという強みを活かして新たな笑いのスタイルを切り開いたトリオ芸人たちの系譜をたどる。(ライター・鈴木旭)

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トリオ芸人とコントが台頭した「演芸ブーム」

ハナ肇とクレイジーキャッツがテレビスターとなった1960年代、お笑い界はもう1つの路線が盛り上がりを見せていた。芸人のネタを次々と放送する演芸番組が好評を博した「演芸ブーム」だ。いわゆるネタ番組ブームである。

それまで、演芸の世界で花形といえば落語家だった。漫才やコントは、色物(いろもの)と呼ばれていて“脇の芸”という見方が強かった。しかし、お笑いがテレビでの地位を確立すると、人気は徐々に逆転しはじめる。こうした流れの中で、「てんぷくトリオ」「トリオ・スカイライン」をはじめとする“トリオブーム”も生まれた。

トリオはピンやコンビに比べると、ツッコミ・小ボケ・大ボケのように役割のバリエーションが増え、演劇的な設定やストーリー展開を活かしやすい特徴がある。そのため、お笑いの世界だけでなく、お芝居の世界で存在感を発揮するなど活躍の場が広がった。

1980年には、コント赤信号が『花王名人劇場』(東阪企画・関西テレビ)でテレビデビュー。同時期にヒップアップが『THE MANZAI』(フジテレビ系)で青春コントを披露して人気を博している。

1980年代後半になると、「お笑い第三世代」ブームが起きてダチョウ倶楽部がブレーク。1990年代に入るとネプチューンやロバートなど、2000年以降は東京03をはじめ、ジャングルポケット、パンサーなど、芸人の絶対数が飛躍的に増加したのと比例してトリオも増えていった。

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最終更新:5/21(木) 7:00
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