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【特集】ハミルトンはシューマッハーを超えたのか? 第2回:マクラーレンで衝撃のF1デビュー、そして冬の時代へ

3/24(火) 18:30配信

motorsport.com 日本版

■目前でこぼれ落ちていったルーキー王座……翌年リベンジし、最年少チャンプに

 そもそも、シーズン終盤を迎えてタイトルに最も近かったのはハミルトンだった。中国GP、ブラジルGPの2レースを残した段階で、ハミルトン107点、アロンソ95点、ライコネン90点。当時のポイントシステムでは優勝が10点だったことを考えると、ハミルトンがかなり優位な状況にいたのは明白だった。しかしながら中国GPでチームとハミルトンが犯したミスは、ライコネンの歴史的な大逆転チャンプへの扉を開くこととなる。

 激動のシーズンの中でマクラーレンとアロンソの関係は完全に冷え切っており、アロンソは2007年シーズン限りでの離脱が確実視されていた。中国GPでマクラーレンは、チームがハミルトンを贔屓しているという疑惑をカモフラージュするかのごとく、不可解な戦略をとってしまう。

 ポールポジションからトップをひた走っていたハミルトンは、レース中盤にタイヤの摩耗に苦しみはじめ、大きくペースダウンした。しかしチームは、ドライ路面の中インターミディエイトタイヤで走るハミルトンを必要以上にコースに留まらせてしまった。その結果、内部構造が露出するまでにタイヤがボロボロとなったハミルトンがピットに向かうも、ピットレーン前の左カーブを曲がりきれず、グラベルの餌食となってしまった。

 これでハミルトンはF1キャリア初のリタイア。優勝したライコネンと2位のアロンソがタイトル争いに踏みとどまり、三つ巴で最終戦ブラジルGPを迎えることとなった。そしてブラジルGPでは、レース序盤ハミルトンにトラブルが発生して大きく順位を落とし、その後追い上げを見せたが7位に終わった。一方のライコネンはチームメイトであるフェリペ・マッサのアシストもありトップでチェッカー。タイトルに向けた天王山を連勝したことで、初のチャンピオンに輝いた。

 ルーキーでの戴冠を逃したハミルトンだが、翌2008年には初のタイトルを史上最年少で獲得した。彼は前年ほどの安定感はなかったものの、フェラーリのマッサと熾烈な戦いを演じ、前年涙を呑んだ最終戦ブラジルGPの最終ラップ、最終コーナーでティモ・グロック(トヨタ)を交わし5位に滑り込んだことで、悲願を達成した。そんなハミルトンが、ここから2度目の王座獲得まで6年もかかることになるとは、誰が想像しただろうか……。

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最終更新:3/24(火) 18:30
motorsport.com 日本版

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