ここから本文です

どうしてあなたは南極へ? 異色の経歴の隊員たち 自動車整備士から料理人へ、外資系企業からヘリパイロットへ

3/25(水) 10:32配信

47NEWS

 南極観測隊を支える人たちの中には、異色の経歴を持つ人もいる。自動車整備士から昭和基地の料理人へ。外資系企業勤務からヘリコプターパイロットへ。どうしてあなたは南極へ? 今回はそんな人たちを紹介する。(気象予報士、共同通信=川村敦)

【写真】「お疲れさま」南極観測隊70人が帰国

 ▽〝つなぎ〟の仕事で調理の道へ

 1年間の南極生活を終えた第60次南極観測隊越冬隊の調理担当、関裕子(せき・ゆうこ)さん(45)=千葉県勝浦市=は自動車整備士や、カースタントをへて調理の職に入った。料理の道に入ったことも「アルバイトの派遣先がたまたま調理場だった。次の就職先を探すまでのつなぎのつもりだった」と振り返る。  岐阜県内の短大を卒業後、最初に就いた仕事は自動車整備士。それも、高校卒業後、「就職する覚悟がなくて、先生に紹介されたのが自動車関係を学ぶ短大。入りやすそうだったから」進んだ道だった。千葉県内にある車のディーラーで3年ほど働いたが「車に興味がなかった」と辞めた。

 次に飛び込んだのはカースタントの芸能事務所。雑誌で募集していることを知り、演劇が好きだったこともあって話を聞きに行く。「やめた方がいい。ただ、3年は弟子入り期間だから、住むところと食事の面倒は見る」と言われた。当時、経済的に苦しかった関さん。生活のために入ったという。

 歩道橋から飛び降りたり、車にはねられたり。5年ほどスタントマンをやった。このときのことを「楽しいしやりがいもあった」と回想する。一方で「運動神経もセンスもなく、けがもあった。仕事の終わりが27時とか。5年もやっていると、芸能界はちょっとおかしいと思い始めた」。それでスタントマンを辞めた。

 その後、派遣のアルバイトで送り込まれたのが長野県にある志賀高原のホテルの調理場。デザートの担当で、まずは盛り付けから始まった。28歳だった。

 とはいっても、最初は見よう見まね。あるときは人手が足りないため料理長から「ケーキ作れる?」と聞かれた。「1回作ってみます」ということでやってみたが、以前一緒に働いていた人に電話で聞きながら作った。デザートだけでは仕事に限りがあると、職場で学びながら洋食にも手を広げた。30代半ばで調理師免許を取った。

 ▽6回目の応募で合格

 南極観測隊が料理人を募集していることを教えてくれたのは、調理隊員の経験者。ある時期働いた別のホテルの料理長だった。話を聞いて興味を持ち、悩んだが「のりと勢い。行けたらもうけもの、物は試し」と公募に応募した。しかし、最初は書類で落ちた。「3回受けてだめならもういいかなと思っていたが、周りが『今年も受けるでしょ』みたいな感じで。引くに引けなくなった」。6回目の応募で合格を果たした。

1/4ページ

最終更新:3/25(水) 11:41
47NEWS

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事