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【千葉のあれから】「もう終わりだ」農家救ったヤマト運輸からの電話、つながりが備えに

3/25(水) 14:00配信

千葉日報オンライン

 全国有数の農業県、千葉を襲った台風15号。 建物や木々をなぎ倒した猛烈な風は、容赦なく収穫直前の農産物にも牙をむいた。収穫量、出荷量ともに全国1位を誇る名産の梨もその一つ。地面に落ちて傷つき、売り物にはならなくなった。「もう終わりだ…」。絶望の淵に立たされた農家を救ったのは、普段から付き合いの深い運送会社からの電話だった。 梨の廃棄を防ごうと県外の加工会社も全面協力、日頃の繋がりが「備え」となり、傷ついた梨が加工品へと形を変えた。(千葉日報社・山崎恵)

「もう終わりだ…」梨農家を救った一本の電話

 2019年9月9月。千葉県市川市で約200年続く老舗農家「与佐ヱ門」の8代目、田中総吉さん(48)は農園の変わり果てた姿を見て絶句した。畑を覆う網は吹き飛び、1年間手塩にかけて育てた梨が無残に転がっている。想像していた以上の被害だった。

 9月中旬~10月中旬が収穫最盛期の「新高」は、収穫まであと2週間を切っていた。「今年のできは最高!」と周囲にも伝えていたばかり。全国から注文を受けていたが、傷がついては売りには出せない。従業員総出で落ちた実を拾い集めながら、田中さんの脳裏に「再起不能」の言葉がよぎった。

 そこへ一本の電話がかかってきた。「総吉さん、畑は大丈夫ですか!」。相手は普段から与佐ヱ門の梨の出荷を担当するヤマト運輸の市川国分支店長(当時)、大城功三さん(44)だった。

 「だめだ、傷がついてしまって捨てるしかない。もう終わりだ…」

 いつも豪快で明るい田中さんのただならぬ気配を感じた大城さんは、とっさに叫んだ。

 「なんとかしましょう、僕にできることは何でもします!」

「何とか助けたかった」傷ついた梨を加工品に

 「何でもします」という大城さんの言葉を聞いた瞬間、田中さんに突如アイデアが浮かんだ。ジュースやゼリーの製造を委託している県外の加工会社に梨を運ぶことができれば、廃棄せずに済むかもしれない―。

 通常時でも予約の取りにくい加工業者が急な依頼を受けてくれるかは分からなかったが、田中さんはいちかばちか「運んでくれるか」と大城さんに告げた。大城さんは即決で了承。梨がこれ以上傷まないよう一刻も早く運ぶため、急いで自社のトラックを手配し、加工業者のある大分県、長野県の宅急便センターにも「何とか受け入れを」と懇願した。「総吉さんが1年かけて大切に育てた梨だと知っていたから。何とか助けたかった」。

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最終更新:3/25(水) 15:40
千葉日報オンライン

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