ここから本文です

【くまもと五輪物語】偉関晴光(下)まさかの廃部、引退後は指導者に 10年計画でスター育成

3/27(金) 16:16配信

熊本日日新聞

 2001年、広島市で開かれていた実業団の大会のシングルス決勝直前。ソウル五輪卓球男子ダブルス金メダリストの偉関晴光(ラララ)は、全国紙の記者から耳打ちされた。「業績悪化で、ラララの卓球部が廃部になる」。耳を疑った。

 「何で大事な決勝の前に言うんだよ、と思いました。切り替えて集中しようと思っても、この先の生活や家がどうなるかという不安が頭を駆け巡って、試合どころではありませんでした」

 本当に廃部なのか。ゲーム間のインターバルで監督やコーチに尋ねたのは、試合のことではなく会社の業績や廃部の真偽についてだった。集中を欠いたまま敗れた。そして1カ月後、廃部は現実のものとなった。

 「それからは、東京の実業団チームや国体を控えていた秋田などを転々としました。熊本を離れることは残念でしたが、選手としての環境を考えてのことでした」

 東京都北区の閑静な住宅街の一角。「偉関卓球ランド」と書かれた青色の看板を掲げた建物から、小気味いいリズムでボールを打つ乾いた音が響く。フロアには6台の卓球台。その奥には、ボールを発射する個人練習用のマシンもある。

 「2007年に選手を引退し、指導者に専念することにしました。次世代を育てる場として選んだのが東京でした。10年計画で、世界トップレベルの選手を育てようと思ったのです」

 生徒の中には、プロを目指す小学生たちも多い。「フォアはそうじゃない。肩を意識するんだ」「やればできるじゃないか」。偉関の指導を受けるため、都外から通っている子どもいるという。

 「五輪のメダリストを育成するには、小学生のような早い段階で基礎を覚える必要があるんです。教えたらどんどん吸収してくれる。全国大会で上位に入賞するなど、みんな力がある選手ばかりなので、やりがいがあります」

 09年の施設開設と同時期に、有望な小中学生を集めて育成、強化する日本オリンピック委員会(JOC)エリートアカデミーのコーチにも就任した。現在は男子監督を務めている。東京五輪出場が決まっている張本智和も在籍しており、指導したこともある。偉関が思い描いた計画は、着実に実を結びつつある。

1/2ページ

最終更新:3/27(金) 16:16
熊本日日新聞

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事

Yahoo! JAPAN 特設ページ