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[特派員コラム]アイたちの学校

3/27(金) 7:42配信

ハンギョレ新聞

 1948年4月26日、大阪府庁前の大手前公園に朝鮮人3万人が朝鮮学校閉鎖命令の撤回を要求しデモを行った。日本の警察は、警棒を振り回しデモ隊を殴打した。そして前列にいた日本の警察が拳銃を抜き発射した。当時16歳だった在日朝鮮人のキム・テイル少年が頭を撃たれて亡くなった。

 この事件は、在日朝鮮人が大阪府と兵庫県で朝鮮学校の閉鎖に反対して行なった教育闘争「阪神教育闘争」の中で起きた事件だった。当時日本は、第2次大戦敗戦の3年後で、まだ米軍政治下にあった。米軍政は、日本占領初期には在日朝鮮人が建てた朝鮮学校に特別な措置をとらなかったが、その後は弾圧に変わった。米軍政の方針の下、日本当局は日本各地にあった朝鮮学校の閉鎖を実行した。

 昨年1月から日本で上映が始まったドキュメンタリー映画『アイ(子ども)たちの学校』には、解放後の朝鮮学校の設立から阪神教育闘争、そして最近の朝鮮学校無償化排除措置に対する抵抗まで、朝鮮学校の歴史を幅広く扱っている。この映画を観れば、朝鮮学校が解放後の70年余り、どんな道を歩いてきたのかが分かる。日本映画復興会議は21日、『アイたちの学校』を作った高賛侑(コ・チャニュ)監督とスタッフに奨励賞を授けた。日本映画復興会議は、1961年独立プロダクション、配給事業者、作家などが参加して作った映画関係者の団体だ。

 米軍政の下での学校閉鎖令はその後解かれたが、それからも朝鮮学校に対する差別は続いた。日本社会で北朝鮮ヘイトが表面化した2000年代以後に、朝鮮学校は右翼の狙いやすい攻撃対象となり、攻撃を受けてきた。2009年、京都朝鮮第1小学校前で起きた“ヘイトスピーチ”が代表的だ。最近、街頭でのヘイトスピーチは法的規制のために減っているが、一層根本的な問題は朝鮮学校に対する排除と差別を日本政府が制度化している点だ。

 日本は、民主党政権時の2010年に高校無償化政策を始めたが“北朝鮮問題”を口実に朝鮮学校をその対象から保留した。安倍晋三2次内閣発足後の2013年には、行政規則を直して高校無償化の対象から朝鮮学校の除外を固定化させた。朝鮮学校の卒業生たちが、朝鮮学校の高校無償化排除措置は違法だとして、東京、大阪、名古屋、広島、福岡で損害賠償訴訟を起こしたが、すべて敗訴した。昨年日本政府は、消費税率の引き上げによる税収を財源として乳児教育の無償化措置も始めたが、朝鮮学校の幼稚園は対象から除外した。朝鮮学校の卒業生と在校生は、2013年から隔週金曜日に文部科学省前でデモをしている。デモのたびに、生徒たちは「どれだけ叫べばいいのだろう/奪われ続けた声がある/聞こえるかい/聞いているかい…」(「声よ集まれ、歌となれ」)を歌う。この歌を聞く度に胸が痛む。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡散で、日本でもマスクの品薄現象が起きたが、最近さいたま市が備蓄していたマスクを管内の幼稚園などに配布した際に、朝鮮学校の幼稚園は配布対象から除外した後、撤回した事件もあった。埼玉朝鮮初中級学校幼稚園の朴洋子(パク・ヤンジャ)園長は「もし今後ほかのことがあっても、私たちは除外されるのではないか。子どもたちをどのように守っていけば良いのか」と話した。『アイたちの学校』は、映画の後半では2018年の阪神教育闘争70周年集会の時に開かれたキム・テイル少年の追悼祭の様子を見せる。70年余りの歳月が流れた今でも、日本社会で朝鮮学校に対する排除と差別には終わりの兆しが見られない。

チョ・ギウォン東京特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:3/27(金) 13:36
ハンギョレ新聞

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