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デルタ航空、成田撤退 41年に幕、羽田へ7路線集約

3/28(土) 19:00配信

Aviation Wire

 デルタ航空(DAL/DL)は冬ダイヤ最終日の3月28日、成田空港からの最終便を運航した。中国本土から感染が拡大した新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により減便が相次ぎ、6路線あった成田路線のうち28日まで残ったのは米国本土2路線となった。同社の成田就航は旧ノースウエスト航空時代の1978年5月で、最終便の運航により41年10カ月間の“成田時代”に幕を下ろした。

◆最終日は2路線

 3月28日の最終日まで運航していたのは、前日の27日に現地発のアトランタ-成田線とシアトル-成田線の2路線で、このうち成田への到着最終便となったシアトル発のDL167便(エアバスA330-900型機、登録記号N404DX)は、午後2時46分に到着。出発最終便となったアトランタ行きDL296便(A350-900、N513DZ)は、午後5時38分に成田を出発した。最終便が出発した成田空港第1ターミナルの25番駐機場付近では、関係者らが手を振って見送った。

 このほか、ポートランドとデトロイト、ホノルルの米国路線と、以遠権を活用した第三国路線としてフィリピンのマニラにも運航していたが、新型コロナの影響により減便し、最終日が前倒しとなった。ポートランド線は3月14日、デトロイト線は27日、ホノルル線は24日に運航を終了した。米国への5路線は、いずれも羽田へ移管し、移管後はロサンゼルスとミネアポリスの既存2路線を含め、羽田から7路線を運航する。

 マニラ線は3月18日に運航を終了。本来は27日が最終だったが、、新型コロナの影響により終了を前倒した。運休後はソウル(仁川)-マニラ線を3月29日に開設予定だったが、5月1日に延期している。

◆最大25路線

 デルタ航空に吸収される前のノースウエスト航空は、1978年5月20日の成田開港と同時に羽田空港から移管し就航。1987年3月3日には、合併前のデルタ航空が就航した。両社は2008年10月29日に合併し、2010年1月31日以降はデルタがノースウエストの運航路線を引き継ぎ、成田を拠点として運航してきた。

 ノースウエストが運航していた成田-シンガポール線などの第三国路線も、デルタが引き継いだ。デルタは合併前に第三国路線を運航しておらず、成田をハブとした米国以外の路線が拡大した。

 合併後の2010年には、最大となる25路線を運航。当時、米本土はアトランタとデトロイト、ミネアポリス、ニューヨーク、ポートランド、ソルトレイクシティ、シアトル、ロサンゼルス、サンフランシスコの9都市、リゾート路線はグアムとサイパン、ホノルル、パラオの4都市に乗り入れ、第三国路線は北京と上海(浦東)、香港、台北(桃園)、ソウル、釜山、マニラ、ホーチミン、バンコク、シンガポールの10都市に就航したほか、関西と中部の国内線2路線も運航していた。

 2014年12月には、整備用の格納庫「成田テクニカルオペレーションセンター」をオープン。米国外では初となる格納庫で、太平洋路線に投入するボーイング777型機や767など、長距離路線用の機材の定期整備作業を実施している。成田からの撤退後も、同センターを当面継続使用する。

Yusuke KOHASE

最終更新:3/29(日) 9:37
Aviation Wire

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