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ドッグレースが消えた日……巨大カジノ進出によるマカオの光と影

3/28(土) 17:20配信

DANRO

これまでカジノにまつわる話をしてきたが、ここで一度「締め」としてIR(統合型リゾート=とりわけ大きなカジノリゾート)が作られることによる「光と影」について書いておきたい。(松井政就)

【画像】マカオにあったドッグレース場の変化を見る

カジノは人々に楽しみを与え、税収を増やすなどプラスの要素もあるが、そこに隠れた影もある。その実態を見る上で参考になるのがマカオである。大きなIRが矢継ぎ早に導入されたことで、マカオには想定されなかった変化が起きたからだ。

IRができる前から、マカオにはカジノをはじめとする在来のギャンブルがあった。それらギャンブル産業は「マカオのカジノ王」ことスタンレー・ホー氏により、長い間独占的に経営されていた。

ぼくはマカオに1990年代から行き続けているが、あの頃のカジノは「博奕(ばくち)」そのもので、バカラではテーブルを何重にも取り囲んだお客さんが怒鳴り声をあげながら賭けていた。

マカオ半島にあるカジノ・リスボアには、日夜ギャンブラーが集っていた。言葉は悪いがエンタメもクソもない絵に描いたような鉄火場で、ちょっと触れただけでも大やけどしてしまいそうなほどの殺気がみなぎっていた。

日本では、カジノのことを一口に「社交」の場と言う人がいるが、それはあくまでヨーロッパの話。マカオにあるのは「社交」ではなく「射幸」だった。

カジノホテルのロビーは売春婦が闊歩し、彼女ら目当ての男たちが大勢やって来ていた。余談だが、このカジノでは北朝鮮の金正男氏の姿もたびたび目撃されていた。

変化が起きたきっかけは、マカオが中国に返還されるのに伴い、カジノの経営権が外資に開放されたことだ。アメリカ系や香港系などの外資企業にライセンスが与えられ、スタンレー・ホー氏の独占だったカジノの勢力図に変化が起きたのだ。

2002年以降、外資企業は見たこともないような巨大カジノを次々と建設した。

1990年代の終わりにマカオを訪れた時、よく来るからと、地元の人からコンドミニアムを300万円で買わないかと持ちかけられた。当時マカオの物価は大変安く、100円もあればラーメンを食べておつりが来たほどだ。コンドミニアムが300万円というのももちろん格安だが、遊びに来る時はホテルでいいと思い。ぼくはその話を断った。

ところがその判断は大間違いだった。

巨大IRが進出しはじめると不動産価格は急騰し、300万円といわれた部屋は2009年になんと3,000万円を超えてしまったのだ。たった7年の間である。その間ぼくは毎年マカオでカジノをしていたが、そんなものをやらずにコンドミニアムを買っていれば楽に10倍にできたのだ。

はっきり言って、カジノなんかしている場合ではなかったのだ。ぼくはやるべきギャンブルを間違えていたのだ。ぼくは自分の博才の無さを嘆いたが、その時買っていたとしてもまだ間に合った。なぜならその後も不動産価格は上がり続け、2015年には2002年の20倍となったからだ。

マカオの不動産価格が上がったのは、IR進出による値上がりを見込んだ中国人富裕層らが投資目的で買い漁ったからだが、異常過ぎる値上がりによって、それまで暮らしていた家からマカオ人の住民が追い出され、住み処を失う事態にまで発展した。

給料も上昇したが物価の上昇には追いつかず、住民の生活は苦しくなった。

巨大IRが増加するにつれ、街は観光客でみるみるあふれかえった。カジノ目的のギャンブラーが増えたのはもちろんだが、IRは観光客そのものを爆発的に増やしたのだ。

次に掲載した2枚の写真を見ていただきたい。上が2003年、下が2012年だ。まるで同じ街とは思えないほどの変貌ぶりだ。

巨大IRの建設ラッシュで労働人口も急増し、地元の人が公共交通機関を利用できないほどになった。バスがやって来ても満員で乗れず、また次のバスを待たなければならなくなった。

巨大IRの進出は税収を増やすなどメリットも生むが、少なくともマカオでは社会がついていけないほど極端な変化を起こした。

でもなぜこんなに極端なことが起きたのか?

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最終更新:3/28(土) 17:20
DANRO

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