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高校時代の恩師が語る!千葉ロッテ・鳥谷敬(聖望学園出身)が超一流へ到達できた理由

3/28(土) 20:37配信

高校野球ドットコム

 現役では2位となる2085安打を記録し、今季から千葉ロッテでプレーする鳥谷敬(聖望学園出身)。どんな大選手でも必ず通るのが高校野球だ。鳥谷の高校時代はどう過ごしていたのか。恩師である岡本幹成監督に話を伺った。

【動画】当時から無口でした…鳥谷敬の恩師が語る!

鳥谷、チームを変えた2年秋の県大会敗退

 プロでは2005年から2017年までフル出場。身体の頑丈さはプロ野球選手の中でもずば抜けている。だが高校時代から鉄人のような選手ではなかった。高校1年生のとき、膝の成長痛のために、すぐにプレーができなかった。それでも岡本監督が鳥谷の復帰を待った。

「彼が所属していた瑞穂シニアは、聖望学園に進む選手が多かったので、その指導者から鳥谷の能力の高さは聞いていましたし、まず治ってから復帰するのを待とうと思いました」

 そして入部したのは成長痛が治った1年秋からだった。ポジションは無理をさせずショートではなく、セカンドからとなった。徐々に運動量を増やしていきながら、ショート転向となる。

 復帰してからの鳥谷のプレーについて岡本監督は「肩は本当に強かったですし、成長痛があったとはいえ、それ以外の体の強さはありましたし、話を聞いていた通りの選手だったなと思いました」と振り返る。

 そして2年夏前には投手も兼任する。
「当時、鳥谷の学年には投手が少なかったこと、また速球投手がいなかった。肩の強い鳥谷を任せることになりました」

 鳥谷は投手を兼任しながら、2年夏で登板を重ねた。しかし投手経験が少なく、多くの球数を投げた影響で、右肩を故障してしまう。リハビリを行い、2年秋まで間に合うも、県大会で県大会優勝した鷲宮に0対1に完封負けを喫してしまう。この負けは聖望学園ナインに火を付ける。岡本監督はひたむきに冬のトレーニングを取り組む選手たちを見て、「あの負けが選手たちを変えたじゃないでしょうか」と感心しながら見ていた。そして一冬超えると、埼玉県大会優勝を収め、そして関東大会ではベスト8進出を果たし、優勝候補に挙がり、初の甲子園出場も狙える位置にきていた。この時、鳥谷はチームでは欠かせない存在へ成長していた。

「人柄ですか?もう高校時代は無口でした。目立つことない選手ではありましたが、それでも実力はありましたし、野球部でも、友達関係の中でもリーダー格の選手となっていました」
 岡本監督はこのチームについて甲子園にいける手応えを感じていた。

「今みたいに寮がなかったので通いばかりでした。夏の大会が始まって、負けるまで合宿をはじめました。

 当時は通いの子ばかりで、野球以外で一緒になる機会もあって、プラスな面が出たと思います。毎日ミーティングが終わった後に帰るのではなく、ミーティングが終わった後も、大会も1回戦、2回戦とやっていく中で、一緒にいていろいろ話し合って、チームがまとまってきたと思います。」

 
 チームは快進撃を続け、埼玉大会初優勝を果たし、見事に甲子園出場を果たす。鳥谷自身もあの合宿は非常に大きなものだったと振り返っている。
「みんなで泊まり込みをしているので、良いことも悪いことも、本音を言い合えたことが良かったと思います」

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最終更新:3/28(土) 20:37
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