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東京五輪代表・鈴木亜由子が、陸上トラック選手からマラソン選手に転身したワケ

3/29(日) 12:02配信

FNN.jpプライムオンライン

愛知県豊橋市出身の陸上ランナー・鈴木亜由子さん。日本郵政グループ女子陸上部に所属し、2018年8月の北海道マラソンで、初マラソンにして初優勝した選手だ。

【画像】マラソン転向のきっかけとなった瞬間

現在は、東京五輪マラソン代表に内定している。

中学生の頃から陸上トラック種目で全国大会を制していた鈴木さんだが、当時の夢は「体育の先生になること」。

そんな彼女を本格的に陸上に目覚めさせたのは、憧れの選手との出会い。当時、陸上強豪校の兵庫・須磨学園高校で活躍していた3歳年上の小林祐梨子さんだ。

それから、細い糸で確かにつながった2人の陸上ランナーは、互いの道で夢を紡いでいく。

2人の成長と心の交流を追った14年間の記録。


後編では、実業団チームでマラソンという新たな道を歩み始めた鈴木さんが、東京オリンピック候補になるまでの歩みを追う。

新しいチームで目指す東京オリンピック

2014年4月、新たな実業団が産声を上げた。日本郵政グループ女子陸上部だ。

鈴木亜由子さんは、その1期生として入部。前年に決定した東京オリンピックに、新たなチームで挑戦することとなった。

日本郵政グループ女子陸上部の監督に就任したのは、高橋昌彦さん。

マラソンの名将である小出義雄監督のもとでコーチを経験し、オリンピックの金メダルを陰で支えた。

小出監督も、「アメリカでQちゃんを僕と一緒に見ていた人。ノウハウは持ってますよ」と太鼓判を押す人物だ。


鈴木さんは、高校時代に大きな怪我を経験している。長い距離には耐えられないのではないかと心配する声もあったなかで、高橋監督だけは彼女の怪我を長所として捉えていた。

「怪我をしていた期間は、彼女にとって“しゃがむ時期”だったと思う。彼女は、走れない時期を我慢して耐える強さを持っているということです」

高橋監督の言葉を借りれば、「マラソンは我慢スポーツ」。

レースに勝ち抜くために、鈴木さんの「我慢して耐える強さ」はプラスに作用するだろうということだ。ただし、問題は「それを発揮するだけの覚悟ができるかどうか」だ。

一方、選手を伸ばすのは監督との出会いだというのは、小出監督だ。

「鈴木亜由子さんがこれから強くなるかどうかはわからない。高橋さんの腕にかかってる」(小出監督)

高橋監督の心は、初めから決まっていた。東京オリンピックはマラソンで目指す、と。

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最終更新:3/29(日) 12:02
FNN.jpプライムオンライン

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