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「令和の徳政令」を勝ち取ったスルガ銀被害者の715日

3/30(月) 16:02配信

ニュースソクラ

【伊藤博敏の事件録】支店前デモや株主総会での糾弾が奏功

 「令和の徳政令」が、20年3月25日、発令された。

 この日、スルガ銀行から融資を受けていたシェアハウス所有者257名(うち連帯保証人10名)の債務が免除された。一部免除ではない。物件を手放すことで借金をチャラにする「本物」の徳政令である。

 記者会見した「スルガ銀行・スマートデイズ被害弁護団」の河合弘之団長は、「金融市場初の完全救済だ」と、胸を張った。

 確かに、バブル崩壊やリーマンショックの金融危機などで、建設、不動産、リゾート会社などへの債務免除を余儀なくされた金融機関は少なくない。が、個人の場合、自己破産処理を除いて、債務免除が一律で認められたことはない。

 会見に同席した被害者同盟の代表は、「暗くてシンドイ日々でしたが、今日、やっと解放された。泣きたいぐらいです。弁護団の先生方、報じたマスコミの人、被害者同盟の仲間たちに感謝したい」と、気持ちを吐露した。

 解決スキームはシンプルである。

 今回、解決したのは343棟のシェアハウスで不動産担保ローン残高金債務合計は約440億円。1棟あたり平均で約1億3000万円となる。

 1億3000万円の物件をスルガ銀行は、入札で物件を購入した投資ファンドとみられる譲渡先に、残高6000万円の債権を譲渡する。不足の7000万円は被害者オーナーに解決金として支払われ、物件は6000万円で代物弁済される。3月25日に一括で作業は進められ、不動産移転登記も終わって、オーナーの債務はゼロになった。

 今回、対象となったのは、東京地裁に調停を申し立てた257名だけだが、シェアハウスのオーナーは1257名で、残りのオーナーも要望があれば、スルガ銀行によって同様の措置が取られる。対応には被害弁護団が、引き続き当たるという。

 それにしても、なぜ「完全救済」が可能になったのか。

 まずいえるのは、今回のシェアハウス商法を確立した家賃保証一括借りのサブリース業者・スマートデイズが、破たんを折り込み済みの悪徳業者であったこと。

 「年利8%を保証」といった甘い勧誘をして投資家を誘い、土地売買での中抜き、建設会社からのキックバックで儲け、その結果、家賃は高くなって入居率が低下、18年1月にはオーナーへの賃料支払いを停止、経営破たんに至った。

 スマートデイズに続いた他のサブリース業者も同様だったが、そうした悪徳業者にカネを貸すスルガ銀行がいなければ、成り立たない商法。しかも、後に、審査書類の偽装、二重契約といった不正にスルガ銀行行員も関わっていたことが発覚、「スルガスキーム」と名付けられて批判された。

 それを第三者委員会が、18年9月7日に公表した調査報告書で、「スルガ銀行の組織的不正」と認定。同行は逃げられなくなり、創業家の岡野光喜会長、米山明広社長は、責任を取って退任した。

 ただ、これだけでは「貸し手責任」は明確でも、借金チャラとはならない。後任の有国三知男社長は、19年6月の株主総会でも、「(オーナー個々の事情はそれぞれで)元本の一部カットのご案内をしている」と、述べて株主となったオーナーの怒号を浴びた。

 ただ、本サイトでもお伝えした昨年のスルガ銀行株主総会(19年6月27日配信)が、「ひとつの起点となった」と、河合弁護団長は明かす。

 「3時間以上に及ぶ激しく荒れた総会。最後は警察が導入されてもおかしくなかった。この時、留任した有国さんも一新された新取締役も、『この状況が続く限り再建はムリ』と思ったようだ。以降、有国さんの態度は、ガラッと変わった」(同)

 19年9月、被害者弁護団はスルガ銀行を相手に早期解決を求める調停を東京地裁に申し立てた。東京地裁は、スルガ銀行の損害賠償義務を認定、スルガ銀行は数次にわたる勧告を踏まえ、借金帳消しに応じた。

 筆者は、18年3月15日、弁護団と同盟が立ち上がって、スルガ銀行と初の交渉を行って以降、昨日までの715日間、折に触れて取材を行い、記事化してきた。

 その結果を踏まえれば、弁護団の大胆で攻撃的な作戦と、その方針に乗って粘り強く戦った同盟オーナーたちの結束力と行動力に勝因は尽きる。

 弁護団は、既に、倒産するなどした悪徳業者には目を向けず、スルガ銀行だけに絞って戦い、集団訴訟とせず、個別・直接交渉の道を選び、元利支払いを止めてオーナーに戦いを継続する金銭的余地を残し、リスケではなく代別弁済を譲らなかった。

 同盟オーナーたちは、ほぼ毎週、休日に集まってミーティングを重ね、中核メンバーの20~30人が情報と意識を共有、それを他のメンバーに伝えるとともに、東京・日本橋の東京支店前で50数回も、のぼりや横断幕、プラカードを手に早朝デモを繰り返した。

 この種の反対運動は、銀行の切り崩し、長期化することでの疲弊、方針を巡る仲間割れなどで、勢力が衰えることが少なくない。だが、結束力は固く、最後までぶれなかった。

 それが、「令和の徳政令」を勝ち取った理由である。あまりの完勝に、「自己責任論」を持ち出す向きもあろうが、銀行の責任がここまで明らかになっている以上、成功例を残すことは「貸し手責任」を、改めて金融機関に浸透させるためにも悪いことではない。

伊藤 博敏 (ジャーナリスト)

最終更新:3/30(月) 16:02
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