この記事が公開される頃には、勤務先からテレワークを指示され、膝の上のパソコンを無言で打つ日々が始まります。この記事が公開される頃には、文化と娯楽を生業とする全ての人々が報われると信じています。不可視のウイルスと不透明な未来への恐怖にかられて顔を覆い隠し、架空の敵を作りたがる弱さはきっと誰しもが孕んでいるけれど、罪のない他人や海の向こうの人々を罵るよりも、まず前を向きませんか。「ハナから目が開いている人なんてひとりもいない。人間ってのは前に進もうと決めた時に初めて目が開くんじゃないか」。うろ覚えで恐縮ですが、私の好きな噺家さんが「景清」という落語の中で口にした台詞です。来年の今頃には「あん時、みんな血眼になってマスクとか探したよな」と笑いながら花見ができますように。
星野源、浜野謙太、伊藤大地、田中馨、野村卓史という夢のような編成で活動したインストゥルメンタルバンドSAKEROCKのラストアルバム『SAYONARA』のタイトル曲。歌よりも雄弁で緻密かつ扇情的なメロディーで時に小刻みな呼気で点を打ち、あるいは雲がたな引くように伸びやかに泳動するトロンボーンの縦軸。啓蟄に蠢く地中を思わせるベースの重低音とキーボードの和音、息継ぎもせず踊り続けるパーカッシブなギター織り成される横軸。一分の余白も与えない切なさが喉元に突きつけらる緊迫感と、否が応でも体が揺れる緩やかさの波間を漂った果ての“ラララ”とピカピカの金管の煙が絡み合って立ち上る爽快さで構築されたドラマ性の隙のなさは、いつの日も滾る血のように鮮やかです。
salyuが“salyu×salyu”で2011年3月11日直後に発表したアルバム『s(o)un(d)beams』から、坂本慎太郎が作詞を手掛け、小山田圭吾が作曲したこの曲を。震災の傷がそこかしこでテカテカ赤黒く光り、スカスカの街並みに誰もがいつもの歩調を忘れてしまった頃、抽象的な装飾と具体的な記名性を削ぎ落としたがゆえにスッと浸透する普遍的な歌詞に、当たり前の1日が今日も来ることの多幸感を噛み締めました。素体のままで瑞々しさと軽やかさと強さが際限なく脈打つsalyuの声が、多重録音によってより明瞭とした描線と身体性を保ちながら流れ込んで響く健全さをゆっくり味わう贅沢さにあふれた楽曲です。
最終更新:3/30(月) 18:02
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