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WWE史上初! 無観客「レッスルマニア36」注目 シャーロットと対戦するリア・リプリーって何者?

3/31(火) 8:00配信

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オーストラリア出身キャリア約7年のレスラーが世界一のリングへ

 新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、プロレス界最大の祭典も大幅な軌道修正を余儀なくされた。4月5日(日)にフロリダ州タンパで予定されていた「レッスルマニア36」は、会場を同州オーランドのパフォーマンスセンターに変更し、その模様はWWEネットワークで配信されることとなった。また、4月4日(土)&5日(日)の2日間にわたり無観客で行われる事も追加決定。“レッスルマニアウィーク”と呼ばれる祭典前後のイベントは中止となったものの、本編そのものは配信ならではの趣向を凝らして楽しめるのではなかろうか。コロナウイルスの影響が出る前から決定しているカードもそのまま実現する見込みで、マッチアップのボリュームが下がることはなさそうだ。

【ギャラリー】「レッスルマニア36」に出場するNXT王者リア・リプリー

 様々な対戦が実現する中で、異色かつ特別感溢れるカードの筆頭と言っていいのがリア・リプリー VS シャーロット・フレアーのNXT女子王座戦だろう。ロウでもスマックダウンでもない、かつては下部組織だったNXTの女子タイトルが「レッスルマニア」で行われるのは初めて。しかも、王者と挑戦者の立場が極めて異例だけに興味深い。なぜならば、“ネイチャーボーイ”リック・フレアーの娘で通算11回シングル王座を獲得したシャーロットが敢えて古巣NXTのベルトに挑戦するからだ。常識的に考えればリプリーは格下。しかし現実にはシャーロットの方からリプリーへの挑戦を表明し、このカードは決定をみたのである。

 では、シャーロットの挑戦を受けるリプリーとは一体何者なのか。その正体を探ってみよう。

 リプリーは1996年10月11日にオーストラリアのアデレードで生まれた。サッカー、水泳、空手などのスポーツ経験があり、地元のプロレス団体RCW(ライオットシティレスリング)に入門、13年6月29日にタッグマッチでプロレスデビューを果たした。その後もRCWを主戦場にしながらオーストラリアのローカル団体に参戦。当時のリングネームはデミ・ベネットだった。

 ベネットは14年5月10日、RCW女子王座を獲得し初戴冠。同年11月15日に陥落するまで4度の防衛に成功した。その中には、オーストラリア時代のトニー・ストームを含めた3WAYマッチも記録されている。15年4月には「ワールド女子プロレス・ディアナ」参戦で初来日。4月5日後楽園ホールが日本デビュー戦で、いきなり木村響子(引退)とのシングルマッチだった。それでも身長170センチを越える恵まれた体格は将来のブレイクを予感させるに十分。当時は新人の枠に留まっていたものの、試合を見ていた「センダイガールズプロレスリング」(仙女)の里村明衣子は彼女のポテンシャルを高く評価していたものだ。

 日本には6月下旬まで滞在し、ディアナを中心に仙女、REINA女子プロレス、超花火プロレスなどのリングに上がった。里村とは仙女5月23日の仙台・宮城野区におけるタッグマッチで対戦、ディアナ6月14日川崎ではジャガー横田&伊藤薫と組んで、井上京子&堀田祐美子&ラ・コマンダンテ組というレジェンドばかりの6人タッグマッチに放り込まれた。日本ラストマッチとなったREINA6月23日新木場では、現スターダムの小波とシングルマッチで戦いフォール勝ちを収めている。今のところ、来日はこの時だけである。

 そして17年7月、リア・リプリーに改名しWWEの女子トーナメント「メイ・ヤング・クラシック」にエントリー。1回戦でミランダ・サイラスを破るも、2回戦でニュージーランドのダコタ・カイ(イーヴィー)に敗退した。リプリーはそのまま継続参戦しWWEと契約、カイリ・セイン(現カブキ・ウォリアーズ)とも対戦した。翌年の「メイ・ヤング・クラシック」にも出場したリプリーは準決勝まで勝ち進むも、最後は紫雷イオに敗れている。しかし、18年8月、英国ブランドNXT UKに参戦し、女子王座決定トーナメントに出場した。ここではザイヤ・ブルックサイド、ダコタ・カイ、トニー・ストームを退けて優勝、初代NXT UK女子王者の座を勝ち取ったのである。

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最終更新:3/31(火) 8:45
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