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首相言及の治療薬アビガン、国の承認で投与へ

3/31(火) 14:31配信

ニュースソクラ

【医療の裏側】胎児への悪影響、いったん承認も使用されなかった経緯

 大都市圏を中心に感染経路不明の新型コロナウイルス感染者が急増している。

 感染拡大を抑える「緊急事態宣言」を発令するのか、しないのか。先週、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法(新型コロナウイルス特措法)に基づいて「政府対策本部」が設置され、発令に向けた法的な体制は整った。

 今後、政府は、国会付帯決議に沿えば、緊急事態措置の期間や地域、内容を有識者の諮問委員会(会長・尾身茂地域医療機能推進機構理事長)に諮り、国会への事前報告を経て発令・公示へと進むことができる。もちろん国会付帯決議の内容は、批判覚悟で省くことも可能ではある。

 3月28日、緊急事態宣言への関心が高まるなか、安倍晋三首相は新型コロナ対策では2月29日、3月14日に続く3度目の記者会見を開いた。首相は「史上最大規模の緊急経済対策」を行うと表明。緊急事態宣言を出す目安(感染拡大の状況など)を問われると、「現状ではギリギリ持ちこたえているが、気を緩めれば危機は急拡大する」と答え、明言しなかった。

 諮問委員会の尾身会長は「きょうの時点では『緊急事態宣言』に当たると判断していないが、何があってもおかしくない状況だ。いろいろなシナリオについて頭の体操をしておく必要がある」(3月29日NHK NEWS WEB)とコメント。首相側近からは「感染者数を見ている。ガンと上がるようなら緊急事態宣言を考えないといけない」(3月29日朝日新聞デジタル)との声も漏れており、発令をめぐる逡巡が伝わってくる。

 首相は、抗インフルエンザウイルス薬「アビガン(富士フイルム富山化学)」について「海外の多くの国から関心が寄せられており、今後希望する国々と協力しながら、臨床研究を拡大するとともに、薬の増産をスタートします。新型コロナウイルス感染症の治療薬として、正式に承認するに当たって必要となる治験プロセスも開始する」と断言した。

 さらにエボラ出血熱の治療薬として開発された「レムデシビル(米ギリアド・サイエンシズ)」は「日米が中心となった国際共同治験がスタートしています」と述べ、膵炎の治療薬として承認されている「フサン(日医工)」に関しても「今後観察研究として、事前に同意を得た患者の皆さんへの投与をスタートする」と語った。

 まさに国をあげての製薬支援で、これらのメーカーの企業価値はぐんと上がるだろう。

 現在、新型コロナウイルスに有効な薬剤やワクチンはない。新型コロナウイルスと遺伝子の相同性が約80%と高いSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスでさえ根治療法は未確立だ。SARSが中国雲南省に発し、世界各地で流行したのは2002~2003年だった。20年近く経っても有効な薬やワクチンができていないのだから今回も過度な期待は禁物だろうが、安倍首相が名前をあげた三つの薬のなかではアビガンの注目度が高い。

 富山化学のアビガンは、インフルエンザウイルスに狙いを絞って開発された薬剤だ。

 その特性をクローズアップする前にウイルス感染のしくみを簡単に説明しておこう。

 そもそも自力で生存できないウイルスは、他の生物(宿主)に取りついてその細胞の中に侵入する。細胞内で遺伝子を複製して増殖(感染)。増えた子ウイルスは細胞と切り離され、放出されて他の細胞に感染を広げたり、宿主の咳やくしみ、もしくは排泄物などを介して別の宿主に乗り移ったりする。これが大ざっぱなウイルス感染のメカニズムだ。

 タミフルなど従来の抗インフルエンザ薬は、細胞内で増殖した子ウイルスが細胞から切り離されて放出されるのを阻むもの(ノイラミニダーゼ阻害剤)。細胞内での子ウイルスの増殖は抑えられない。だから子ウイルスがどんどん細胞外に放出された後では十分な効果が得られないので、症状が出てから48時間以内に服用することが奨められている。

 一方、アビガンはウイルスの細胞内での遺伝子複製自体を阻害し、増殖を防ぐ新しいタイプだ(RNAポリメラーゼ阻害剤)。より強い抗ウイルス作用が期待されている。近年は、高病原性インフルエンザのヒトへの感染や、豚を宿主とする新型インフルエンザの大流行など、未知のウイルスが頻繁に出現しており、アビガンの重要さは高まった。

 そうした背景もあり、2014年3月に日本で製造販売の承認が取得された。

 ところが、動物実験で催奇形性という重大な副作用が見つかった。妊婦の胎児への危険性が浮上したのだ。結局、季節性インフルエンザでの使用はできず、「他の抗インフルエンザウイルス薬が無効または効果不十分な新型または再興型インフルエンザウイルス感染症が発生し、本剤を当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合のみ、患者への投与が検討される」(アビガン錠200mg添付文書)こととなった。

 インフルエンザウイルスは、鳥や豚、ヒトなど「種の壁」をこえて感染する。短期間で変異をくり返し、人間が免疫を持たない新型インフルエンザはいつ現れるか知れない。アビガンは、タミフルなどの歯が立たない新型ウイルスに対し、いわば「最後の砦」として承認されたのだった。

 その代わり、胎児への影響を懸念し、次のような警告が医療者向けの添付文書に記された。

 「妊婦または妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと」

 「その危険性について十分に説明した上で、投与期間中および投与終了後7日間はパートナーと共に極めて有効な避妊法の実施を徹底するよう指導すること」

 「本剤は精液中へ移行することから、男性患者に投与する際は、その危険性を十分に説明した上で、投与期間中および投与終了後7日間まで、性交渉を行う場合は極めて有効な避妊法の実施を徹底……」

 かくして新型インフルエンザの流行に備えて承認されたアビガンが、今回は新型コロナ感染症に投入される。虎の子の抗ウイルス薬を、どう使うかは国の判断に委ねられている。

 富山化学は、アビガンを医療機関には販売しておらず、厚生労働大臣の要請を受けて製造、供給を行う。現時点で200万人分の備蓄があり、さらに「増産」と安倍首相はアクセルを踏んだ。アビガンの有効性は、すでに中国の医療機関が認めている。副作用を抑えて「希望の光」となるだろうか。

 他方、安倍首相が「日米中心の国際共同治験がスタートした」と言った「レムデシビル」は未承認薬で日本では流通していない。国立国際医療研究センターが臨床試験を開始したばかりだ。メーカーのギリアドは米国立衛生研究所(NIH)の臨床試験や、中国で進行中の試験に同薬を無償提供しており、その輪に日本を取り込んだ形だ。

 ギリアドの国際的な政治力がうかがい知れる。いったいどんな会社なのだろうか。

■山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。

最終更新:3/31(火) 14:31
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