10年以上も大阪府寝屋川市の自宅のプレハブ一畳間で生活し、衰弱死した柿元愛里さん=当時33歳=は、小学6年生で不登校となった。家の中に1人で過ごすうちに奇妙な言動が増えていったが、一時期、医療とは接点があった。亡くなるまでに3人の精神科医が愛里さんの診察や父母の相談に乗るなどした。ただ、往診などの今一歩踏み込んだ対応は取られなかった。行政は愛里さんがプレハブ一畳間での生活を続けている状況を全く知らず、福祉に繋がることもなかった。(共同通信=鈴木優生)
▽父母は愛里さんの異常性を強調
公判では、幼少期から中学生の時期ぐらいまでの愛里さんの自閉的な特徴や行為が映っているホームビデオの場面を父母が編集した映像が流れた。被告人質問では、映像に合わせて父母が説明を加えていった。
「誕生日に30センチくらいのホールケーキを愛里が1人で4分の3くらい食べてしまった」「祖母宅で他の子は遊んでいるのに、何時間でも同じところに座っていた」「ボートをこいでいるが、初めてのことを怖がる。どこでも寝っ転がる」「手作りのぬいぐるみをあげたけど、妹は喜びを態度で示すのに、愛里は反応しない」
母が付けていたメモでも「人の気持ちも自分の気持ちもはっきりしない。欲求だけははっきりしていて自己中(自己中心的)。悪気なく相手を傷つけることも多い」などと記載されていた。
裁判員のモニター画面には、家族で遊びに行った海辺で歩き続けたり、自宅の庭で立ったりしゃがんだりを繰り返す愛里さんの姿も映し出された。父母はその様子を「運動している。愛里は『おなかをすかせるため』と言っていた」と解説した。終始うつむく姿も映り、「愛里は前が見えることに恐怖を抱いていた」と自説を述べた。
このほか、愛里さんが「鳥が攻めてきた。蛇も見えた」と口走ったり、天井などをキョロキョロ見たり、壁に頭を打ち付けたりしたエピソードも紹介し、幻聴や幻覚を含む精神症状があったことも強調した。
「うつむいたり、口を開けたり、行進したり。このままではだめだと思った」。父の泰孝被告(57)は、愛里さんを病院に連れて行くことを決めた当時の心境をそう振り返った。訪ねたのは大阪府寝屋川市内のクリニック。不登校について相談していた児童相談所の職員に勧められたからだ。愛里さんの異変が始まって2年ほどたっていた。
最終更新:4/1(水) 7:12
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