新型コロナウイルス感染拡大で国民の生活が脅かされ、各種スポーツ、イベントなどさまざまな分野で中止、休止となり、東京五輪も1年延期を余儀なくされた。道新スポーツでは、スポーツ選手のみならず道内関係者から、自身が経験した逆境と、それを乗り越えた術を語ってもらう。題して「逆境を乗り越えよう」。1回目は、昨年惜しまれながら現役を引退した日本ハムの田中賢介スペシャルアドバイザー(SA、38)。
駆け抜けた20年。周囲がうらやむ、数々の栄光を手に入れた。田中SAは押しも押されもせぬ主力選手として、5度のリーグ優勝と2度の日本一をけん引。米国球界挑戦など、多くの野球人が抱く夢を現実にしたが、その道のりは苦難の連続だったと振り返る。
「野球選手は毎日、結果が出る職業。壁に当たって、突破してを繰り返す。ドンと大きな壁に直面することもある。僕の場合はプロ入り後から6年続いた2軍生活と、米国で全然うまくいかなかったこと。必死なのに、なかなか打開策が見つからない。思い返せば、もがいてばかりの日々だった」
試練や難題に直面する度に、人は意志の強さと覚悟を試される。若い頃は自分のため、円熟期を迎えてからは周囲のために戦った。野望と感謝|。逆境を乗り越え、歳月を経て、心を支えるものが変わった。
「現役時代は一貫して、どの壁に対しても正面からぶつかった。何としても目標を達成したかったから。覚悟が決まれば壁は少しずつ打破できる。2軍暮らしの6年間は、その覚悟を模索する期間だった。米国の2年間は壁を打ち破れなかったけど、目標に対してとことん取り組めたことが収穫。コーチ、両親、家族。たくさんの人に支えてもらった。自分の成績だけを追い求める時期と、本当に人のためにやりたいと思えた時期。どっちもいいなって、今なら思う」
人は変わる。逆風に立ち向かい、大きな失敗を経験し、新たな発見が得られることもある。日本球界での活躍とは一転、メジャー挑戦の2年間では、通算15試合の出場にとどまった。
「米国へ行くときには、もう日本に帰ってこないと思っていた。向こうで引退して、そのまま住みたいなって。だけど夢はかなわなかった。骨を埋めようと思ったのに、第1関節も埋まらず帰ってきた。正直恥ずかしかったし、日本に帰りづらい気持ちもあった。『俺、ダメだなぁ』って心から思ったよ」
挫折を経験したことで、予期せぬ変化に気がついた。順風満帆でない人生の時間も、振り返れば大切な道だった。
「大きな失敗をした時、人は大きく変わることができるんだろうね。引退して写真で振り返ると、顔つきがだんだん変わっていたんだと自分でも感じた。よく金子さんにも言われてたんだけど、柔らかくなったんじゃないかな。大きな失敗を経験したとき、人は何かを生み出せる。自分の中に新しい何かが生まれる大きなチャンスなんじゃないかと、僕は考えている」
新型コロナウイルスの感染拡大の影響は大きく、プロ野球は延期に。国難を迎えた今、田中SAは思う。
「すべてが悪そうに感じられるとき、意外とポジティブな要素が隠れていることがある。潜んでいるチャンスを探ることが大切。野球選手も、この期間に何かを生み出そうと努力することが大事。僕自身も今、ほとんど家にいる。そんな時間に、何かすごいことをひらめくかもしれない。たくさん勉強ができる時間とも捉えられる。逆境を力に。この時間を、有意義に使いたい」=2日に続く
最終更新:4/5(日) 20:50
道新スポーツ































読み込み中…