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吉藤オリィ「新型コロナで気づく、『余計なこと』と『無駄』の価値」

4/3(金) 11:32配信

GLOBE+

新型コロナウイルスによって、移動が抑制され、テレワークが広がり、人と人とのコミュニケーションのあり方が急速に変化している。ちょっとした雑談や偶発的な出会いの機会は失われがちだ。「人間の孤独の解消」を目指し、病気や障害などで外出が難しい人が遠隔操作するロボット「OriHime」を開発した吉藤オリィさんは、そうしたことの価値にこそ、いま目を向けるべきだと語る。ロボットを通して、遠くにいても人が存在することの価値を伝えてきた吉藤さん。誰もが偶然の出会いを体験しにくくなった現状に何を思い、テクノロジーの力でどう解決しようとしているのか。話を聞いた。(澤木香織)

【写真】吉藤オリィさんの「分身ロボットカフェ」

プロフィール
オリィ研究所代表取締役所長。本名・吉藤健太朗。
1987年、奈良県生まれ。小学5年から中学2年まで不登校を経験。たまたま出場したロボットコンテストで恩師と出会ったことをきっかけに、工業高校で電動車いすの開発に熱中。高校生の科学技術コンテスト「JSEC」で最高賞の文部科学大臣賞をチームで受賞。世界の高校生が集う科学大会「ISEF」でもGrand Award 3rdを受賞した。
外出が難しい人から寄せられた相談や自身の不登校経験から、17歳で「人間の孤独の解消」という目標を見つける。早稲田大学在学中に分身ロボット「OriHime」を開発。オリィは子どもの頃からの特技の折り紙から。

■寄り道が人生を大きく変える
――吉藤さん自身の人生や、研究の方向性において、「偶然の出会い」というものがひとつの鍵になっていますね。

振り返ると、私自身偶然の出会いがめちゃくちゃありました。なぜ私が良い出会いに巡り合えたかというと、学校の授業中に空気を読まずに折り紙を折っていたり、他の生徒より目立ったりしていて、プレゼンス(存在感)があったからだと思っています。

高校時代に車いすの開発をしようと思ったきっかけも、先生に養護学校(現在の特別支援学校)での交流ボランティアに行く機会をもらえたから。折り紙が得意だと知った先生が「折り紙を通して交流して来い」とすすめてくれました。そこで、体が不自由だったり、知的なハンディキャップがあったりする生徒たちに出会い、車いすで移動することがいかに大変かを知りました。

必要なことだけをやるルートを進むより、「余計なこと」をたくさんやった方が、大きく人生を変えていくと思う。私が多くのチャンスを得ることができたのは、余計なことをやっていたから。その重要さをすごく感じているんですよ。

――そんな出会いを生かし、高校時代に「人間の孤独を解消する」という非常に大きな目標を見つけました。ただ、その後進学した早稲田大学では、最初から順風満帆ではなかったそうですね。著書で、当時のことを「黒歴史」と表現しているのが意外でした。

東京に来た当時は、知り合いはいないし、地形もわからなくて…。自転車で大学まで通っていたのですが、坂道が多く、地形が複雑で、迷うんですよ。授業に間に合わせることはあきらめて、色々試していました。太陽の方向を見て向かってたどりつくのか試しみたら、全然違う方向に行っちゃっう…なんていうこともありました。

サークルの新歓イベントにもたくさん顔を出しました。人間関係を作ることに慣れていなかったので、面白そうなサークルに片っ端から所属し、気が合う人がいるか、どういうコミュニティーが合うかを、確かめました。社交ダンスや演劇のサークルにも入りました。様々なサークルに入ったけど対人関係には苦労しました。当時は「友情」の意味をいまいち理解できていなかったんですね。

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最終更新:4/3(金) 11:32
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