ここから本文です

WWE「レッスルマニア36」開催直前 王者ブロック・レスナーに挑戦するドリュー・マッキンタイアへの期待感

4/3(金) 9:01配信

ENCOUNT

インディー団体を転戦し実績を積んだマッキンタイア

 WWEスーパースターズにとって、プロレス界最大の祭典「レッスルマニア」への参戦は、大きな目標だ。タイトルマッチへの出場となれば、なおさらである。そこは選ばれた者しか上がれない夢の舞台。今年は新型コロナウイルス感染拡大により例年とは異なる開催方式となってしまったものの、WWEネットワークでの配信により視聴者数という面では過去最高の数字がはじき出される可能性もありそうだ。4月4日(土)&5日(日)の2日間にわたり行われる「レッスルマニア36」。ここでWWE王座に挑むのが、“大抜擢かつ満を持しての登場”となるドリュー・マッキンタイアである。最大の祭典におけるビッグカード初登場のドリューが難攻不落の王者ブロック・レスナーをどう攻略するのか。期待が膨らむなか、本欄ではドリューの経歴を振り返ってみる事にする。

【ギャラリー】王座奪取なるか? ドリュー・マッキンタイアの試合写真

 ドリューは1985年、スコットランドのエアー出身。少年時代はプロサッカー選手を夢見ていたが、15歳の時に当時の英国でもっとも勢いのあったプロレス団体FWA(フロンティア・レスリング・アライアンス)のレスリングスクール、FWAアカデミーに入門、2001年にデビューを果たした。その後、ドリュー・ギャロウェイのリングネームでBCW(ブリティッシュ・チャンピオンシップ・レスリング)など国内のインディー団体を転戦、05年7月に隣国アイルランドに進出し、シェイマス・オショーネシー(現シェイマス/WWE)との抗争がIWW(アイリッシュ・ホイップ・レスリング)でスタートした。

 これはドリューがシェイマスのIWWインターコンチネンタルヘビー級王座に挑戦する図式で、3本勝負、ランバージャックマッチ、ラストマン・スタンディング・マッチなどルールをその都度変えながら何度も対戦。タイトルを懸けての一騎打ちは06年1月28日を起点とし、10回目となる8月27日、ついにドリューがベルト奪取に成功した。しかも同日、ドリューは日本から遠征してきた潮崎豪(プロレスリング・ノア)を相手に同王座防衛に成功。10月27日には石森太二(当時・プロレスリング・ノア)の挑戦も退けている。

  IWWでの王座奪取前、06年春にはグラスゴーを拠点にする新団体PBW(プレミア・ブリティッシュ・レスリング)が旗揚げし、ドリューも参戦した。他にもWILDプロモーション、オールスタープロモーションズ、ICW(インセイン・チャンピオンシップ・レスリング)など、英国とアイルランドを中心にさまざまな団体で経験を積んでいった。

 かつて、サムライTVのニュース番組「Sアリーナ」(現「速報!バトル☆メン」)にて筆者は「ワールドアリーナ」という海外情報コーナーを担当、まだ見ぬ世界のプロレス映像を紹介していたことがある。その頃、PBWから推薦してもらった映像のひとつにドリューの試合が含まれていた。このときドリューはすでにWWEのスーパースターになっており紹介のタイミングを伺っていたのだが、コーナーが終わってしまい残念ながらドリュー・マッキンタイアになる前のドリュー・ギャロウェイの勇姿をオンエアするには至らなかった。当時から長身でイケメン、それでいて説得力ある攻撃はバツグンの将来性を感じさせるに十分だった。が、WWEレッスルマニアでメイン(級)のカードを張ることになろうとは。当時そこまで読むことはできなかったのだが、それだけに貴重な映像だった。

 WWEと契約を交わしたのは07年9月のこと。まずは当時の傘下団体OVW(オハイオ・バレー・レスリング)のリングに上がり、同年10月に英国のレジェンドレスラー、デイブ・テイラーのパートナーとしてスマックダウン初登場を果たした。08年には新傘下のFCW(フロリダ・チャンピオンシップ・レスリング)に移り、スチュ・ベネット(現ウェイド・バレット)とジ・エンパイアを結成、5月にFCWタッグ王座を獲得した。さらにFCWでは09年3月にフロリダヘビー級王座も奪取している。

1/2ページ

最終更新:4/3(金) 10:25
ENCOUNT

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事