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スーパーGT:開幕までに知識を増やそう。カーナンバーとチーム名の由来を知る(4):KONDO RACING

4/3(金) 23:42配信

オートスポーツweb

 新型コロナウイルスの感染拡大に揺れる国内モータースポーツ界。2020年はGT500クラスへのクラス1車両の導入、年間2戦の海外開催、熾烈さを増すGT300クラスなど数多くのトピックスがあったスーパーGTも、開幕から3戦が延期となってしまった。ただ開幕を前に、ちょっぴり知識をつけておけば、来たる開幕がより楽しく迎えられるはずだ。そこで、不定期連載となるがスーパーGT参戦チームのチーム名とカーナンバーの由来をお届けしよう。第4回目は、GT500クラスとGT300クラスに1台ずつが参戦する、KONDO RACINGだ。

【2006年にスーパーGTに参戦を開始したWOODONE ADVAN KONDO Z】

■KONDO RACING
・GT500クラス
マシン:リアライズコーポレーション ADVAN GT-R
ドライバー:高星明誠/ヤン・マーデンボロー
カーナンバー:24
監督:近藤真彦
タイヤ:ヨコハマ

・GT300クラス
マシン:リアライズ 日産自動車大学校 GT-R
ドライバー:藤波清斗/ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ
カーナンバー:56
監督:近藤真彦
タイヤ:ヨコハマ

 タレントとして人気絶頂のなか、1984年に熱い想いとともにモータースポーツの世界に身を投じた近藤真彦監督が率いるKONDO RACING。近藤監督はドライバーとして、1994年から始まったJGTC全日本GT選手権に初年度から参戦。シリーズ3戦目の富士で、ポルシェ962Cを駆り現在のGT500であるGT1クラス優勝を飾っている。

 その後はニッサン・スカイラインGT-RでJGTC、さらにル・マン24時間にも参戦したほか、全日本F3000/フォーミュラ・ニッポンにも挑戦。2000年、自らの名を冠したチームであるOlympic KONDO Racing Teamを立ち上げ、1台体制でフォーミュラ・ニッポンに挑んだ。

 一方スーパーGTには2006年からWOODONE ADVAN KONDO Zで参戦。2007年第4戦セパンで念願の初優勝を遂げると、2016年には佐々木大樹/柳田真孝のコンビで年間2勝をマークするなど、GT500クラスのトップチームのひとつと言える存在となった。

 また、チームは2012年から日産自動車大学校とともにピレリスーパー耐久シリーズに挑戦。2019年からはスーパーGT GT300クラスにも挑戦しているほか、ニュルブルクリンク24時間にも参戦した。

 そんなGT500クラスでは、2006年の参戦以来『24』を使っているが、近藤監督は長年NISMOに在籍しており、そんなNISMOに追いつき、さらにニッサン陣営の中核を担えるように……という思いで、当時『22』と『23』を使用していたNISMOに続く番号として採用されたのが『24』だ。

■GT300の『56』はなぜ……!?
 一方、GT300の『56』は一見では分からない。スーパー耐久ではGT500同様『24』を使っていたが、なぜ56なのだろうか……?

 これは、近藤監督がFニッポンに参戦していたときの『3』からルーツがある。2000年シーズン途中に土屋武士が加わり、2001年からは立川祐路と金石勝智がチームに加わるが、そこでチームは『3』と『4』を使い始めた。

 現代は気にする人も少ないが、かつて日本では『4』は忌み数で、モータースポーツでは使用が避けられることも多かった。しかし近藤監督の考えとしては、モータースポーツはグローバルなスポーツなので『4』を使うことを拒まず、逆にチームの『上昇志向を示したい』と4を使い始めたのだ。

 そして、数字を続けることで上昇志向を表しているのが、3&4の続きである『56』というわけだ。ちなみに、2019年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間では、この法則に則って『78』を当初考えていたというが、地元チームが使用していたため使えず、『3&4』と『56』の間をとって『45』に決まったのだとか。

 挑戦するステージも世界へと広がってきたKONDO Racing。近藤監督の上昇志向は実はカーナンバーにも現れていたというわけだ。シーズンが始まれば、今季もその気持ちが入ったレースが観られるはずだ。

[オートスポーツweb ]

最終更新:4/3(金) 23:55
オートスポーツweb

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