平成のトップを飾った記念すべき新車は、日産のパオだ。
パオはBe‐1に続く日産のパイクカー第2弾で、発表されるや予約が殺到。
昭和から平成への移り変わりは名車豊作の時代だった|ニッポン1989年 Vol.2
ちなみに第3弾のフィガロは秋の東京モーターショーに参考出品され、91年に市販に移された。
2万台の限定販売だったが、これもアッと言う間に完売となっている。
901活動によってクルマ作りの革新を行った日産は、その後も積極的に新車を送り込んだ。
その筆頭が5月にモデルチェンジした8代目のスカイラインだ。
デザインだけでなくメカニズムまでも一新し、8月にはアテーサE‐TSや2.6Lツインターボで武装した平成のGT‐Rを送り出した。
また、フェアレディZも4代目のZ32になる。
この2台のスポーツモデルは、登場から30年後の今も大人気だ。
トヨタも負けていない。
積極的に新世代ツインカムを開発し、サスペンションも大きく進化させたトヨタは、エレクトロニクス技術にも磨きをかけた。
税制改革によりビッグカーの時代が到来すると考えたトヨタは、世界に通用するプレミアムセダンの開発に乗り出し、10月にセルシオを市場に放っている。
クラウンの上に位置する高級車で、海外ではレクサスの頂点、LS400を名乗った。
「源流対策」と「技術革新」に力を注ぎ、走りの実力だけでなく快適性も世界レベルを大きく超えた。
この最上級車市場では、日産も同様にインフィニティブランドを立ち上げ、その旗艦としてQ45を市場に放った。
また、マツダもアマティプロジェクトを発足させ、V型12気筒エンジンを積むアマティ1000の販売を模索。
だが、残念ながらバブル景気の失速によりお蔵入りとなった。
その一方でマツダは、後世に語り継がれる名車を生み出した。
オープン2シーターFRスポーツのロードスターだ。
翌90年には市販車唯一の3ローターREのユーノスコスモも市販に移している。
GMとの共同開発で誕生した世界戦略車カルタスも、2代目にモデルチェンジ。
ウエッジシェイプのきいたスタイリングは、大きく湾曲したリアビューが斬新。
ホットモデルのGT-iは、モータースポーツでも活躍した。
「くうねるあそぶ。」のキャッチコピーが話題を読んだセフィーロも登場。
兄弟車のR31スカイラインやC33ローレルとは異なるキャラクターで、「セフィーロ・コーディネーション」と呼ばれる斬新な販売方法が注目を集めた。
物品税に代わって消費税が導入されたのもこの年だ。
現在は10%だが、税率3%として初めて導入されたのが89年4月1日だった。
その後は97年に5%、2014年に8%に引き上げられたのはご存じのとおり。
ハチマルヒーロー 2019年 05月号 vol.53(記事中の内容はすべて掲載当時のものです)
Nosweb 編集部
最終更新:4/4(土) 17:00
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