【記者:Tim Stanley】
先日、南アフリカから帰ってきた母親の家を訪ねた。前庭を挟み、安全な距離を取って大声で言葉を交わした。「花とオレンジを1袋持ってきたよ!」「玄関先に置いておいて。手袋を着けてから取りに行くから」
私が車で帰るとき、袋はまだ玄関先にあった。母はまるで爆発物でも見るような目で袋を眺めていた。
これが今の生活だ。新型コロナウイルスが初めて英国を襲ったとき、私たちの気分は、第2次世界大戦中にドイツ軍に受けたロンドン大空襲にまでさかのぼった。しかし、この二つの出来事が似ていると考えるのはまったくの間違いだ。空襲によって人々は結束したが、新型コロナウイルスは私たちを分断している。これは戦争ではなく疫病であり、かいくぐる方法は昔から一つしかない。
まるで今年の事態を予言するかのように、昨年出版された著書『Florence Under Siege(包囲されたフィレンツェ)』の中で、ロンドン大学バークベック・カレッジのジョン・ヘンダーソン教授は、1629年にイタリア・フィレンツェでペストが大流行した際の出来事を記している。当時、当局は市街周辺に防疫線を張ったが効果はなかった。守衛が退屈して気が緩んでいる間に、農民たちがすり抜けたのだ。突然大勢が死亡し、フィレンツェ市は1630年1月、大半の市民に家にとどまるよう命じて街を完全封鎖した。食糧は玄関先に届けられた。近世初期で最も社会主義に近づいた瞬間だっただろう。この外出禁止令を破った者は、誰であっても厳罰に処された。罰則には投獄も含まれ、それはほぼ死を意味しただろう。
仕事場は閉まり、娯楽は禁止され、恋人たちは引き離された。司祭たちは鐘を鳴らして礼拝の開始を知らせ、街中の人々は自分の家で祈りをささげた。夏になるとペストはようやく収束した。市民たちは聖体の祝日に街に繰り出し、神に感謝の意を表した。フィレンツェの対策は正しかったに違いない。致死率は約10%と高かったが、それでも他の都市よりもずっと低かった。例えばベローナでは人口のなんと61%が死亡した。
疫病をしのぐためには三つのことが必要だ。まず、ソーシャル・ディスタンシング、つまり人との接触を最小限に減らさなければならない。それは数か月に及ぶかもしれない。次に、市民社会の自発性だけでは不可能な対策を講じることができる強力な中央政府だ。そして最後に必要なのは頑とした落ち着き、孤独でいることや人と会わないことで不安にならないこと、つまり広い意味での「信念」、希望だ。
私は、今ごろ執筆しているはずだった本のことで滅入っている。新型コロナウイルス流行のせいで、原稿を破り捨て書き直さなければいけなくなったからだ。古典的自由主義(「小さな政府」を志向する保守主義)が欧米政治をいかに支配しているかを論じた章があり、なかなか満足できる内容だったのだが、3月中旬以降の緊急事態化とともに、古典的自由主義は図書館に入ったきり姿を現わさなくなった。
最終更新:4/4(土) 12:05
The Telegraph






























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