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テレビで目にした発達障害の番組。そこには“僕のこと”が映し出されていた

4/6(月) 10:37配信

ハフポスト日本版

「思い当たる節がありすぎて、ゾッとする。怖い」。

発達障害なるものを調べ漁った日の日記には、そう記されていました。

双極性障害だと診断されてきた様々な特性は、「発達障害」で説明できてしまったのです。

フリーライターとして活躍する遠藤光太さんがハフポスト日本版に寄稿しました。

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体温計が34.6度を示したのは、4月のとある朝だった。「おかしい」と感じて再び測った。やはり平熱よりも大幅に低く、34.6度だ。

なんとか電車に乗って出社したが、朝の会議を抜け出て、内科に駆け込んだ。医師は「あなたはここじゃないね」と言った。内科医に促された通り、精神科を訪れた。1カ月の休職を指示された。鬱だった。

4月には「世界自閉症啓発デー」や「発達障害啓発週間」があるが、僕にそれらの特性があることを、当時の僕も、そして主治医も全く気づいていなかった。大学を卒業し、社会人2年目だった。「結構やれている」とさえ思っていた。早めの結婚生活が始まっていた。

まだまだ仕事を頑張りたいと思っていたが、意に反して、身体は動かなくなっていた。 

精神科では、2時間の待ち時間で5分の診察を受けていた。僕は「双極性障害」との診断を受けた。双極性障害とは、気分の落ち込む鬱状態と、気分の昂る躁状態を行ったり来たりするものだ。

手応えのない努力に絶望し、気づけば自殺を考えていた

休職に入ってしばらくは体温が上がらず、布団から出られない時期が続いた。鬱には身体症状が表れることがある。低体温のほか、頭痛、吐き気、めまい、胃痛、手のしびれが見られた。

リハビリとして自宅で皿洗いを始めた。心にかかる靄を晴らそうと、唐突にフットサルをやってみた。帰り道で意識を失いかけた。妻は「どう接していいかわからない」と僕に言った。

双極性障害には気分の波を抑える薬がいくつかあり、人によって合うものと合わないものがある。合うか否かを判断できるのは、2週間飲み続けて効果と副作用を検証してからだと主治医に言われた。エビリファイは最悪だった。どうしても吐き気が治まらなかった。セロクエルなら、少しは飲めた。睡眠導入剤や抗鬱薬も異常な量にまで増えていた。

徐々に回復しているつもりでも、2週間ずつのスパンで薬の調整をしているうちに、休職期間は7カ月以上にまで延びていった。焦燥感が募った。支援施設に毎日通った時期もあった。復職を果たしても、半年後にまた休職した。どうすればいいのか皆目わからなかった。

素晴らしい勤務先に、体調のことを理解してもらえていた。だからこそ「この会社でやっていけないのなら、週5日フルタイムの会社勤めは無理だ」という諦念が頭をもたげた。退職した。精神的に孤立し、誰にも助けを求めることができず、「自殺しよう」と自然に思うようになっていた。終電近くの夜、踏切の棒に触れながら茫然として立ち尽くし、電車を見送った。何が起きてもおかしくなかったように思う。

当時の僕は、すがるようにして小説を書き始めた。現実とファンタジーの境目が曖昧な小説の中で、「僕」は「渦」に呑み込まれかけていた。捉えきれない「渦」で「僕」は必死で抗おうとしていた。

書くことによってのみ、ぎりぎりの自分を保つことができた。

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最終更新:4/6(月) 10:40
ハフポスト日本版

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