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生駒里奈“平成のアイドル”から“令和の女優”へ 「勇気や夢を与えられるのなら、どんな努力もできる」

4/7(火) 16:56配信

夕刊フジ

 平成から令和へ。新しい時代に向けての目標を聞くと、笑顔で力強くこう宣言した。

 「“平成のアイドル”を続けてきたので、次は女優としてがんばりたい。10年後も舞台の上に立っていたい…」

【写真】活動初期の悩みを語った生駒里奈

 16歳から人気アイドルグループ、乃木坂46のセンターに立ち、メンバーを牽引してきた。2年前の2018年にグループを卒業後、アイドルから女優へと転身。活動の場を演劇やドラマ、映画などへと広げている。

 「演劇の主演はアイドルグループのセンターの立場に似ている。プレッシャーは感じますが、その責任を果たしたいと思います」

 5月に東京と大阪で上演される舞台「-4D-imetor」(フォーディメーター)で、作・演出も務める池田純矢とW主演を務める。

 「池田さん作の舞台を観劇した後、楽屋へあいさつに行ったら、『5月のスケジュールは空いてる?』と聞かれ、『空いていると言えば、空いてますが…』と答えたら、『では次の舞台に出て』と依頼されたんですよ」と出演の経緯を苦笑しながら説明した。

 渡来所長(池田)の超能力研究所に記憶を失った少女、ノア(生駒里奈)が現れる。同じ頃、首相官邸でテロ事件が発生。渡来はノアやテロリストたちを超能力者ではないかと類推するが…。

 「天真爛漫なノアのイメージに池田さんは私を重ね合わせたのだと思う。この期待に応えたい」

 こう答えた後に続けたアイドルらしからぬ言葉が強く印象に残った。

 「実際の私はノアほど天真爛漫じゃない。無口で一日中誰とも話さない日もある。だから快活なノアを演じたい」

 秋田県出身。中学時代は吹奏楽部で練習に打ち込んでいたが、高校入学後に目標を見失ったという。その姿を見ていた父が心配し、父の勧めで乃木坂46のオーディションを受け、15歳で合格切符をつかんだ。

 「合格して一番驚いたのは、父と私だと思いますよ」と笑う。

 幼い頃からダンスを習っていたが、「グループの中でいつも後列にいました。だから乃木坂でセンターに抜擢され、一番戸惑ったのは私本人です」とも。

 この戸惑いを払拭できたのは、「自分が目立つのではなく、周りのメンバーを輝かせることがセンターの役目だと知り、理想のセンター像が見えてきたから」だと語る。

 センターの覚悟ができ、乃木坂46を国民的人気アイドルグループへと押し上げる原動力の役目を果たしてきた。

 「すごい人はいるけど、エラい人はいない。絶対にエラぶってはいけない」

 ヒット曲を連発しアイドルの王道を突き進んできたが、こう自らを戒めてきた。

 「母が教えてくれた言葉です。今の私がいるのは父と母のおかげです」

 11年3月11日、東日本大震災発生のとき。「その日は中学校の卒業式でした。自宅などに被害はなかったのですが、東北の被災の状況が次々と分かり始めて…」。以来、故郷・秋田や東北の被災地の人たちのために尽くしたい、と考え続けてきた。

 「アイドルとして私が成功し、女優として活躍する姿を見せることが、多くの人に勇気や夢を与えることだと信じてやってきました。そのためならどんな努力もできる」

 自分を鼓舞するようにこう覚悟を語った後、また、アイドルらしからぬ言葉が出てきた。

 「人から見れば私はアイドルとして成功したように見えるのでしょうね。でも自分では成功したと思ったことはありません。傷だらけになりながら何とか今、ここに立っていますから」

 24歳。笑うとまだ少女のような面影を残すが、“平成のアイドル”はたくましく成長し続けている。

 世界を救う天真爛漫な超能力者、ノアのように。(ペン・波多野康雅/カメラ・寺口純平)

 □舞台「-4D-imetor」で主演

 ■生駒里奈(いこま・りな) 女優。1995年12月29日生まれ。24歳。秋田県出身。2011年、乃木坂46の第1期生オーディションで合格し翌年、ファーストシングル「ぐるぐるカーテン」でCDデビュー。18年5月に乃木坂46を卒業。W主演を務める舞台「-4D-imetor」は5月8~18日、東京・紀伊國屋ホール。5月23、24日が大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演。

最終更新:4/7(火) 16:56
夕刊フジ

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