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令和にみる三島由紀夫の世界 美に対する燃え上がる“嫉妬心” 「金閣寺」(1976年)

4/7(火) 16:56配信

夕刊フジ

 【自決50年 令和にみる三島由紀夫の世界】

 1970年11月25日、作家、三島由紀夫が東京・市谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺した。あれから50年。なぜ自ら命を絶ったのか。その答えを探すため、映画化された三島作品に触れてみたい。

 『金閣寺』は、50年7月2日未明、21歳の僧侶が金閣寺に放火した実際の事件にヒントを得たことは有名。

 吃音のコンプレックスに悩む青年・溝口(篠田三郎)はひそかに愛していた有為子(島村佳江)からバカにされ、心に傷を負う。僧侶の父を裏切る母の行為を知り心を閉ざしてしまうも、父は他界、その遺言で金閣寺に預けられた。父が日ごろから地上で最も美しいと言っていた金閣寺。溝口が見たものはまさに比類なき美の象徴であった。そして有為子や同僚僧侶の死を通じて、すべてが無常であると気づき、自分を追い詰めてゆく。

 名匠・市川崑監督が58年に『炎上』のタイトルで映画化しているから正しくは2度目。ゆえに何かと比較されるのは仕方がない。人間の掘り下げ方は『炎上』に軍配が上がるが、低予算にもかかわらず、無常感や美意識の描き方はこちらが上というのがもっぱらの評価。当時としては過激な、市原悦子の濡れ場シーンなどエロティックな場面も評判となった。

 公開当時のキャッチコピーは「有為子よ死ね! 金閣よ燃えろ!」という過激なもの。

 現在の金閣寺は55年に再建されたが、放火で焼け残った唯一のものがある。それは屋根の鳳凰。創建当時の室町時代のものだ。明治時代の解体修理の際、尾が破損したため取り外していたのだ。何が幸いするか分からない。ただし現在の鳳凰は87年製の2代目。

 全体が金箔(きんぱく)かというと実はそうではない。金箔は三層構造の2、3階だけで1階は木製のまま。再建時には10センチ角の金箔が10万枚、さらに修復に20万枚使われたという。

 三島の残したノートには「美への嫉妬/絶対的なものへの嫉妬」と記されていた。これは放火した犯人が「美に対する嫉妬と自分の環境が悪いのに金閣という美しいところに来る有閑的な人に対する反感からやった」という供述と共通する。

 裁判では懲役7年の判決を受けたが55年に恩赦で釈放された。だが金閣寺が再建され落慶法要が行われたわずか20日後に結核で亡くなったのも何か因縁めいている。(望月苑巳)

 ■金閣寺(1976年) 高林陽一監督、配給ATG。出演は篠田三郎、柴俊夫、横光勝彦(現克彦)、島村佳江ら。76年度のキネマ旬報ベストテンでは第19位。

 69年の東大全共闘ととの伝説の討論会を収めたドキュメンタリー映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』が公開中。

最終更新:4/7(火) 16:56
夕刊フジ

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