かつてこれほどマスク不足に悩まされたことがあったでしょうか。
ご多分にもれず新型コロナウイルスの流行で、福祉介護現場でもマスクが足りなくなって困っています。
私たちの施設では、毎年感染症が流行する11月から3月までの期間、スタッフは出勤前に体温を測り、職場に置いてある体調管理票に記入するようにしていました。
発熱や下痢などの症状がある場合は、出勤を控え病院受診します。マスクは体調がいつもと違う時に、感染症防止で着用していたのです。
ところが、今年は新型コロナウイルスを高齢の利用者へ感染させないよう、スタッフ全員マスク着用を義務付けました。
しかし、何のジレンマもなくこの決断をしたわけではありません。マスクは認知症の人を不安にさせることがあるからです。
認知症の人は言語でのコミュニケーション能力が低下していますが、非言語のメッセージを受け止める機能は、それほど低下しないと言われています。
だから、声のトーンや口調などの準言語、しぐさや表情などの非言語でのコミュニケーションが重要になります。
ですが、マスクをすると表情が見えなくなるので、その非言語のコミュニケーションが遮断されるのです。
さらに、高齢者は難聴の人も多いので、マスクで口を覆うと口の動きが見えなくなるだけでなく、声が籠るので会話も困難になります。
加えて、今までマスクを着けていなかったスタッフが全員そろってマスクをすると、利用者によってはスタッフの顔さえ分からなくなるかもしれません。
利用者だけではありません。恥ずかしい話ですが、私もマスクをしているご家族の顔を見分けられず、失敗をしたことがあります。
ある時「青木の娘です」と言って、中年の女性が施設にいらっしゃいました。
数日前の青木喜朗さん(仮名92歳)の入所契約時にも、娘さんとお会いしていたはずなのに、その女性の顔に見覚えがないのです。
思い切って「失礼ですが、どちらさまですか」と尋ねると、驚いた様子で「青木の娘ですが」とおっしゃいます。まじまじと娘さんのお顔を拝見すると、いつものマスクをしていないことに気付きました。
私の中で娘さんの顔はマスクと一体化していたのです。それで、マスクを取った顔を認識できなかったのです。娘さんに無礼を謝罪し、寛容な心で許してもらえたので救われましたが。
失敗だけではありません。実は私はマスクが怖いのです。
10年以上も前のことですが、認知症の疑似体験講習を受けたことがあります。
案内された会場に入ると、全員白い服で白い帽子のマスクをした講師陣がいました。誰が誰か見分けがつきません。全員同じ姿、それも真っ白の集団の中に入っただけで、私は落ち着かなくなりました。
さらに、マスクで表情の見えない講師たちは無言で紙面を差し出し、私に指示をするのです。事前に誰とも会話してはいけないというルールが決められていて、分からないことがあっても質問できません。
私は指示通りに動くどころか、怖くなってそこから逃げ出してしまいました。
これが認知症になったときのコミュニケーションの限界と、そこから生じる感情的な不安をまさに体験させる講習でした。
その疑似体験によって、認知症の人の抱えている闇を実感しました。
会話能力や理解力の低下、見当識障害(人や時や場所が分からない)のある認知症の人は、このような空間に生きているのだと。
その闇に光を与えることができるのは、非言語のコミュニケーションです。だから、非言語のコミュニケーションにバリアを張るマスクが怖いのです。
しかしながら、緊急事態なのでマスクの着用について、そうそう悩んでおられません。
認知症の利用者の不安を増長させないよう、「感染症から皆さんを守るためマスクをします。少しの間ご不便をおかけします」と説明をして、マスクをすることにしました。
マスクの感染防止効果について、専門家の間でも意見が分かれています。
もし客観的根拠がないのであれば、マスクを取り去り利用者と顔と顔を合わせてお話したいのですが。
(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。
■里村 佳子(社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム理事長)
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設運営。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。2019年ニュースソクラのコラムを加筆・修正して「尊厳ある介護」を岩波書店より出版。
最終更新:4/7(火) 13:03
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