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屈指のモンスタースニーカーの登場からハイテクブームの終焉。平成の名スニーカーを振り返る

4/8(水) 13:00配信

FINEBOYS Online

スニーカー史上屈指のモンスターアイテムのデビューは1995年!

1995年と聞いて、スニーカーフリークなら誰もが真っ先に思い出すのは、ナイキのエア マックス 95で間違いないだろう。それまでのエア マックスのアッパーサイドに大きくスウッシュが配されたデザインを捨てた、エア マックス 95のまったく新しいデザインは、アッパーの段差は筋肉の隆起、アウトソール中足部は背骨というように、人体をモチーフにしており、ブランドを象徴するスウッシュも、ヒールの外側部分に小さく刺繍で入れられるのみ。

2015年にインタビューした際に、担当デザイナーのセルジオ・ロザーノは、このデザインで製品化するのには幾度もの困難が訪れたと語っていた。それは前述したデザインだけでなく、そのカラーリングも攻撃対象となった。それまでのエア マックスは、ホワイトベースにブルーやレッドといったアクセントカラーを組み合わせることが一般的であったのに対し、エア マックス 95はスポーツシューズではあまり用いられることのなかったグレーカラーのアッパーを採用し、ミッドソールもブラックだった。そのことから、「このカラーリングでは絶対に売れない」と、猛烈に反対する営業部門の社員もいたという。実際にアメリカでも日本でも、展示受注会におけるプレオーダーの段階では、のちにスニーカー史上空前のヒットモデルとなるような発注はつかなかったというし、リリースされたあともしばらくは、そこまで騒がれるような状況ではなかった。

それが著名クリエイター、ファッション業界のキーパーソンの愛用品として雑誌などで紹介されると、大きく風向きが変わる。希望小売価格で売っていた正規販売店の在庫はあっという間になくなり、並行輸入品が大量に日本市場に持ち込まれた。ここまではエア ジョーダンetc.のときと同じだったが、違っていたのは、その価格が1足のスニーカーに払うお金とは思えないほどに高騰したこと。ファーストカラーのグレーモデルは、10万円を超えることは珍しくなくなり、サイズによっては20万円に到達。最終的に30万円を超えるプライスを設定する店まで現われたことにビックリしたが、その価格でも実際に売れたことのほうが、より大きな驚きであった。

このように、従来のスポーツシューズにはない斬新なデザインとカラーリングを採用することで、スニーカーの歴史上、1、2を争うヒットモデルとなったエア マックス 95であるが、その機能面でも革新的であったことを忘れてはならない。このモデルでは初めてフォアフット(前足部)のエアのビジブル化に成功しており、このディテールもエア マックス 95の大きな魅力であり、快適な履き心地に貢献してくれた。

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最終更新:4/8(水) 15:12
FINEBOYS Online

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