築地でのバイト時代は、ターレーに乗るやっちゃぱの大将たちの気迫に押されどおしだった。荷台にヒョイッととびのり、レギュラーだからクーフィーだかはともかく、ちょっとはすに構えて走らせる姿は爽やかさすら漂う。
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ただ、操縦にはコツがあるよう。築地の花形スターである動力付きサーフボードを貧乏学生に扱わせてくれるほど築地は優しくはない。
「学生かぁ。ターレー? 百年早いわ。手押しで荷車を引いていけ。バカヤロウ」
1畳ほどの平たい板に二つのタイヤと二本の手押棒が括り付けられた、いわば動力無しのターレーで配達させられるわけだ。荷台には、玉葱と人参のケースが山積みである。大岡越前ならば、ワラやイグサなどの草で編んだ「むしろ」に包んだ土左衛門が運ばれるアレである。必殺仕置き人ならば、夜な夜な盗賊が千両箱を積みこむアレである。
それが重いのなんのって、ひ弱な学生ではまっすぐ転がせない。絶妙なバランス感覚が問われるのである。やっちゃばで働く屈強な築地人が右に左にと身をひるがえさなければ、自在には扱えない。という意味からすればまさに、動力なしのサーフボードであろう。それを慣れぬ学生が、ヒョロヒョロと今にも玉葱と人参を路上に散乱させそうな頼りなさで運ぶわけだ。実際に何度も、玉葱と人参をまき散らした経験がある。そのたびに怒鳴られるのである。
「邪魔だ、バカヤロウ」
「さっさと片付けろ、バカヤロウ」
ちなみに、バカヤロウには特段、威圧的な意味はない。築地にとっては「プリーズ」であり、「ご苦労様」の意味合いである。
それが証拠に、さっそうと動力付きターレーから身をひるがえして飛び降り、せっせせっせと片付けを手伝ってくれるのである。そればかりか、御仁の動力付きターレーに積み込みんで、目的地まで運んでくれたりする。性根が良いのである。
「ありがとうございます」
こっちが礼を言えば、逆にショートホープを一本恵んでくれるのだ。
その後のこと、散乱の手助けをしてくれた御仁を銀座の街中で見かけたことがある。腰ベルトにタオルを巻いて、定食屋に向かう後ろ姿を発見したのだ。その傍には、◯○水産と描かれたターレーが一台停めてあった。築地の人達にとってターレーは、移動用の自家用バイクと同意なのである。と。
木下隆之
最終更新:4/8(水) 17:00
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