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ハイテクスニーカー冬の時代とローテクとの共存。平成の名スニーカーを振り返る

4/8(水) 21:00配信

FINEBOYS Online

2005年に訪れたハイテクスニーカー、冬の時代

2000年代の半ばを迎えると、ハイテクスニーカーに勢いを感じられなくなったが、そんな時代に注目を集めたのが、各ブランドが誇るロングセラーだ。まず2005年にアディダスがスーパースターの誕生35周年を祝して35種類のスペシャルモデルをリリースすることを発表。そのなかには日本の人気漫画「キャプテン翼」やNBAの伝説のプレーヤーであるカリーム・アブドゥル・ジャバー、ロンドンの人気スニーカーショップであるフットパトロール、日本の人気ファッションブランドであるネイバーフッドとのコラボレーションモデルも含まれ、いずれも高い人気を誇った。

そして2007年になると、1982年に初めてナイキエアを搭載したバスケットボールシューズとして歴史に名を刻むエア フォース1の25周年を記念した限定モデルも続々と登場。原宿には期間限定ショップの1LOVEをオープンさせ、製品の販売だけでなく、NIKEiD STUDIOが解説され、入場を許された限られた人々は、このスペースで自分だけのエアフォース1をカスタマイズすることができた。

女性が憧れたのは等身大のインフルエンサー

アディダス スーパースターの誕生35周年とナイキ エア フォース1の25周年はあくまで特需であり、2000年代中期以降、スニーカー業界全体が厳しい時代を迎えていた。トレンドに大きく左右されることなく、スニーカーがライフスタイルに根付いた現在では想像しにくいが、この当時、女性の関心はパンプスやブーツに向かい、大学生などの男性もスニーカーには関心がなく、彼らの足元は、つま先の尖ったカジュアルシューズとドレスシューズの中間のような靴が主流になっていた。

そういった厳しい状況を経て、女性がスニーカーを履きだしたのは、何人かのインフルエンサーの影響が大きかった。その一人はモデルでタレントの梨花で、彼女が2010年代半ば以降に、ニューバランスのM1400を始めとしたアメリカ製の高額なスニーカーを履きだすと、彼女のフォロワーのみならず、お洒落な女性の間でニューバランスのスニーカーが注目されることに。ほぼ同じタイミングでモデルの滝沢眞規子も、ニューバランスのM1400などをコーディネイトに取り入れたことも大きな追い風となり、あっという間に女性サイズのM1400は欠品となった。

この二人に共通するのは、彼女たちが超メジャーではない点。当時言われたのが、等身大で親しみがある存在ということである。またヴァンズのオーセンティックやエラが若い女性の間でブームとなったのもこの頃で、手頃な価格と豊富なカラーバリエーション、そしてあらゆるスタイルにコーディネイトしやすいベーシックなデザインが決め手となり、マストアイテムとしてファッション雑誌の記事にしばしば取りあげられることに。さらにしばらく日本での展開を休んでいたアディダスからスタンスミスが2014年に復活すると、女性の定番としてヒットしたことも記憶に新しい。

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最終更新:4/8(水) 21:00
FINEBOYS Online

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